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彼の負けず嫌いが始まった…。


それは、みんなでテーブルを囲んで夕食をとったすぐ後のことだった。口いっぱいにオムライスを頬張った松田さんが水で流し込んで何を思ってか、それを唐突に言い出した。絶品オムライスはワタリさん自慢のお手製だ。

「竜崎って好きな人とかいるんですかぁ?」

その瞬間ここにいる全ての視線が一気に松田に集中した。

(おいおい、竜崎にそんな事聞いたって……いるのか?)

(マッツーやるぅ☆でもミサだったらどうしよ〜!月がヤキモチ妬いちゃーう!)

「ぐっ…げほっごほっ…!」

「きゃーなまえちゃん!紅茶、紅茶こぼれてるよ!」

松田さんの何の脈略もない、いきなりの発言に思わず紅茶を吹いてしまった。

「…だっ、大丈夫!ちょちょっとむせただけだから…」

明らかに動揺してしまって、竜崎にばれてやしないだろうかと零れてしまった紅茶を拭き取りながらチラッと横目で竜崎を見ると、めずらしく感情を表に出していて、この上なく不機嫌な顔をしていた。それでも、天然鈍感男松田さんはめげずに続ける。

「ほら、竜崎ってそういうの全く興味なさそうじゃないですかぁ」

…確かに。そう思ったのだけど答えをわざわざまた竜崎の口からは聞きたくなかった。分かってはいるつもりだけれど、やっぱり本人の口から聞くのとはわけが違う。不毛の片思いに、これ以上追い打ちをかけるようなことはしないでほしい。


「松田さんに、それを教える義務はありません」

スプーンを摘んでぶんぶん振りながら口を尖らす竜崎は、明らかに不機嫌度が頂点に達しそうになっている。しかしこちらもまだまだ引こうとしない天然松田さんは、なんとあの竜崎を挑発しだした。

「はっはーん…竜崎ってば自分に自信がないんですねー!僕だって女性からの人気と大富豪なら竜崎には負けませんよ!」

なにを持ってそんな自信が湧いてくるのか。そして何故大富豪なのか。どちらにしろ竜崎がこんな挑発には乗らないだろうと誰しもが思った。

「私、負けません」

ぶんぶんスプーンを振り回す速度をあげて竜崎がいい放つ。負けず嫌いの竜崎は、松田さんが言った『竜崎には勝つ』と言うフレーズが大変気に入らなかったご様子。

「いえ、僕だって女性の心を捕らえる力と大富豪なら竜崎に負けませんったら負けません!」

ばちばちと火花を散らすように睨み合う2人。
先に先手を打ったのは竜崎だった。

「それなら松田さん、白黒つけましょう。大富豪で勝負です」

「いいですよ竜崎!いざ、決着を着ける時です!」


(なんだか雲行きが怪しくなってきたな…)
誰しもがそう思った時、竜崎がとんでもない事を言い出した。


「で、大富豪ってなんです?」

「「「………!」」」


この男はまさか、大富豪が何かも知らずに勝つだの負けないだの言っていたのか!

「竜崎、大富豪ってのはトランプのゲームだよ」

呆れた顔の月がため息をつきながら言った。

「そうでしたか、では早速。ワタリ、トランプを持ってきて下さい」

そう言うとあらかじめトランプが用意されていたかのような速さでトランプは持って来られた。

(さすがワタリさん…)


「さぁ、始めましょう」

ざざざと机の上に散らかった資料を、手で脇に寄せながら竜崎は言う。

「え、ルールは?しかも2人でやるんですか!?」

焦って松田さんが問うと、竜崎はソファーにお馴染みの格好で座りながらとんでもないことを言い放った。

「ルールはやりながら覚えます。そうですね…では月くんとなまえさん参加して下さい」

「ええっ!?わわわ私!?」

ぼーっと事の成り行きを見守っていたのに、急に指名されて心臓がひゅっと一瞬縮む。

「はい、ミサさんより強そうなので。月くん、カード配って下さい」

「なんで僕が……。で、竜崎。負けた人はどうするんだ?なにか賭けないのか?負けた人は、好きな人をみんなの前で言うとか」

意味ありげな顔をして、にやりと顔に微笑を浮かべる月に、竜崎は興味なさげに相槌をうつ。

「構いません、そうしましょう」

人差し指を加えて天井を見つめる竜崎に慌ててなまえが待ったをかけた。

「ちょちょっと待って下さい!!それって私もですか!?」

「当然です」

悪びれずさらりと言う竜崎に目眩がした。これは、なんとしても勝たなくっちゃ…!

「でもでも好きな人がわかっちゃうなら、最下位はなまえちゃんでもいいなー…」

ちらちらと横目でなまえを見ながら頬を赤く染める松田に、なまえは冗談じゃないと顔を引きつらせた。そんな形で竜崎に告白なんて…絶対いやだ!

「カードは配り終わったよ。始めようか。竜崎、ルール教えなくて本当にいいのか?」

右腕にひっつくミサちゃんを軽く引っ剥がしながら、月はカードをそれぞれの手元に置いた。

「構いません、ですが私の順番を一番最後にして下さい。ルールは皆さんのやり方を見て覚えます」

「なるほどな…。じゃあ順番は今座ってる席でいいよね。松田さん、僕、なまえちゃん…最後に竜崎の順番だ。みんな、手元のカードを持って」

ドキドキしながらカードを手に取った。強い手がくればなんとか勝てるかもしれない。
来い来い来い…ジョーカー来ーーいっ!
ぱっと皆一斉にカードをひっくり返した。



(…う……嘘でしょう……)

顔から血の気が引いていく。自分の手元にあるカードはお世辞にも強いとは言えなかった。泣きそうになりながら松田さんに目をやると満面の笑み。きっと強いカードが回ってきたに違いない。月くんは相変わらず余裕な表情。となりに座る竜崎に目を向けると目があった。

「なまえさん、泣きそうですね」

「私絶対負けそうです、竜崎…」

泣きそうなのも無理はない。ここで負けてしまえばみんなの前で想いを寄せている人を発表しなければならないのだ。頭の中には、竜崎に告白、後に玉砕。という図が頭の中で完全に出来上がっていた。

「なんとかなりますよ」

竜崎にそんな言葉をかけられたって気分は晴れなかった。

「よーし、じゃあ僕からですね!いきますっ『ダイヤの3』!」





──5分後


「あがり。僕が1抜けだ」

月くんが早々と罰ゲームから難を逃れた。

「さっすが月☆これもミサの愛の応援のおかげ〜!」

「まぁ、偶然強いカードが回って来て助かったよ」

残された3人はというと、予想外の方向にゲームが進んでいた。

「次なまえちゃんの番だよー!」

「………パス」

なんと松田が最初の目的もすっかり忘れて、好きな人を言わせようと思いなまえを集中的に攻めだしたのだ。今の状況は、松田が一番有利でなまえの立場は誰が見ても圧倒的に不利。なんだかんだ言って早く抜けるだろうと思われた竜崎も、まだ残っていた。

「じゃあ、『ハートのエース』で、やった!僕が2抜け!」

もう既に泣きそうだった。竜崎と自分だけが残された今、どっちが負けても嬉しくはない。だいたい竜崎に勝てるわけがないのだ。

「なまえさんの番です」

「えっと…じゃあ『ダイヤの5』」

「パス」

「えっ?」

一瞬手が止まった。それだけカードがあってパスなのはおかしい。

「パスします。なまえさんの番です」

「あっ、じゃあ『ハートの7』で」

「パス」


その後もなまえの出すカードに竜崎はほとんどパスばかりで、結局なまえが3位で最下位は竜崎となった。

「負けてしまいました」

そう言うと、面白くなさそうに手元に残ったカードをぽいっと宙に放り投げた。

「竜崎さん弱ーい!」

「ほらっ、だから言ったでしょう!?女性の心を鷲掴みにする力と大富豪なら竜崎に負けないって!ねっ、ねっ?」

「うるさいです松田さん」

けれどなまえの耳にはその会話は聞こえていなかった。竜崎の手から宙に放り投げられたカードが、ゆっくりと弧を描きながら落ちていく瞬間はっきり見えたのは一番強いカード。ジョーカーのカードだった。
それからしばらく竜崎の罰ゲームのことで言い合ったのだけれど、竜崎は「言いたくないです」の一点張りで、結局今日一日竜崎のおやつは抜きということで片が付いた。




* * * * * * *


──コンコン


「はい」

ノックするとドアの向こう側から聞こえたのは、やる気のなさそうな声。

「失礼します…」

きょろきょろと周りを確認してからバタンとドアを閉める。

「なまえさん、それは」

なまえの手にあるケーキと紅茶を見て、どろんとした竜崎の瞳が一気に大きくなった。

「しーっ、内緒で持ってきたんです」

ケーキと紅茶を目の前に置くと、竜崎はすぐに生クリームに手を伸ばす。

「ありがとうございます。今日一日お菓子抜きなんて、松田さん、許せません」

となりで苺を摘んで口に運ぶ竜崎を見つめながら、この胸の高鳴りをどうやって落ち着かせようかと顔を赤くして考えていた。落ち着いてひとつ大きく息を吸い込む。


「あの、竜崎今日はありがとうございました」

一瞬竜崎のフォークを持つ手が止まって大きな瞳がこちらを向いたがまたすぐに逸らす。

「何がです?」

「そのいろいろと……」


宙に放り投げられて落ちていくジョーカーのカードを見て、はっとした。ジョーカー。一番強いカード。ジョーカーを持っていたのなら弱いカードしか持っていなかった自分に負けるわけがない。パスばかりする必要もない。もしかして、わざと負けた?あの負けず嫌いな竜崎が?でも、なんで?


「なまえさん、チョコのケーキが食べたいです。ホールサイズです」

「へ?」

唇にフォークをぺしぺしとあてて、竜崎の体がこちらに向く。

「食べたいです。甘いやつです」

拍子抜けをくらったなまえはぽかんと口を開けて、それからゆっくりと微笑んだ。

「わかりました。明日は腕によりをかけて作ります。それと、今日の竜崎…とってもかっこよかったです」

逃げるように部屋から出て行った。



「私が、かっこよかった、そうですか」

部屋のソファーの上でもぐもぐとケーキを頬張る彼と、部屋のドアの前で顔を真っ赤にする彼女が1人。

距離は 確実に近づいていく。




アンダンテ
(歩くぐらいの速度で)




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