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彼女は本当によく表情がころころ変わる。
女性とは誰しもが、こんなに感情が豊かなのだろうかと最初は思ったが、どうやら彼女は少し特別なようだ。手作りのケーキがうまく出来たと、嬉しそうに笑う。小さな事件の資料を眺めては、苦しそうに下唇を噛んで涙ぐむ。
脆い、そう思った。一瞬で崩れてしまいそうで危なっかしい。けれど芯はしっかり持っている。きっとなにか、確実に信じれるものが彼女の中にはあるのだろう。
しかし何故だか彼女みたいな人が居てもいい気がした。男ばかりのこの捜査本部に、彼女みたいな女性がいれば、場が少なからず柔らかい雰囲気になる。それに特に松田あたりなんかは、少なからず彼女に好意を抱いているだろう。…わかりやすい。ころころ変わるその表情は見ていて飽きない。そして予測がつかない。もう随分と経つだろうか、彼女が毎日手作りのお菓子を片手にここに来るようになった。まさか本当に毎日持ってくるとは思っていなかったが。手作りなんてものはきっと相当な手間がかかるに違いない、それでも彼女は毎日笑顔でそれを飽きもせず持ってくる。…よくわからない。それほど大変な事を何ヶ月も続けられるのはやっぱり彼女の優しさからだろうか。

どちらにしろ自分には関係のないことだ。
彼女はきっと、私を嫌っている。目を丸くしたり、怒ったり笑ったり百面相のように変わる彼女の顔に少し興味が湧いて、わざと意地の悪い事を言ってみる。その時に思った。彼女は明らかに私を避けている、と。特に最近、全く目を合わせない。何か彼女を怒らすようなことを自分はしたのだろうか。いや、嫌われるようなことなら前から面白半分に彼女をからかってきた。

そして今この瞬間も彼女は私を避けている。


「……みょうじさん、みょうじさん」

「えっ、あっ、はいっ!」

考え事をしていたのだろうか、彼女は自分が呼びかけると、はっとしたような顔をした。

そしてまた、すぐ目を逸らす。


「これ、資料です」

「すみません……」

資料を受け取っても下を向いたままの彼女の前を離れられないでいた。なぜ、そんなに避けるのか。

「考え事ですか?すごく締まりのない顔でしたよなまえさん」

そう言うと、彼女の口はなにか言いたそうに開いたあと、すぐに顔を赤くして下を向いてまた黙り込んでしまった。何も言わなかった、否、何もいえなかった。やはり彼女は私のことが嫌いだ。


回転椅子にたんっと着地して、意味もなく角砂糖をカップの中にぽとぽとと落下させる。…すると、不意に後ろから聞こえてくるひそひそと二人で話す松田と彼女の声。自分と話す時には聞くことの出来ない彼女のいつもよりトーンの高い声。面白くない。自分は一体何が気に食わないのだろうか。きっと松田の間の抜けた声のせいだ。イライラの原因が自分でも掴めないことがまたその苛立ちを増幅させて、気付くと自分の口が動いていた。

「松田さん、こそこそ口ばっかり動かしてる暇があれば手を動かして下さい」

はいはい、と適当に返事をする松田の声。

「ほらまたあの無表情。僕だけ怒るし!」

「松田さん、今月分のお給料二割減です」


余計なお世話です・・・。小声でそう言ってもうひとつ角砂糖をカップにぽとりと落とした。落としたところから静かに波紋が広がっていく。
飽和状態をはるかに超えている紅茶は、角砂糖がそのまま溶けきらずに残っていて、もう飲む気がしなかった。





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