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彼がどこか対人関係をおろそかにするというか、自分の深いところは絶対見せない事はなんとなく気付いていた。爪をかむ癖がある人は、寂しさからくるのだと聞いたことがある。体を丸くして座る人は、これ以上近づくなと、心に深く入り込んでくるな、という心の表れだと聞いたことがある。竜崎が、そうだ。
だけどここ数ヶ月一緒にいてわかったことは、彼の性格はなんというか変な方向にひねくれていて少し意地悪で、寂しさとかいう概念なんて、ちっとも持ち合わせていないんじゃないかなぁと思う。他人に本当の自分を見せようとしないことは確かに当たっていると思うけれど。
だから別に喜んでくれるとか期待してるわけじゃないし、たまたま多く作りすぎちゃっただけで。今日手作りケーキを持ってきたのは、決して竜崎の為じゃない…と思う。



* * * * * * *

「おはようございます」

「おはよう」

「おはよーなまえちゃん!」

いつもよりひとつ多く手に持った紙袋を、さっと後ろに隠して席についた。白い紙袋を見て急に自信が萎んでいく。どうしよう、やっぱり手作りケーキなんて持ってきて捜査に身が入ってないだなんて呆れられないかな。とりあえず、出すかどうかは後で考えよう。まずはたまりにたまったこれを片づけなくっちゃ!とデスクの上の資料にとりかかった。






「休憩にしましょう」

竜崎がそう言ったのは、ちょうど3時を回ったところだった。アレを出すなら今しかない。

「じゃあ、お茶の準備してきます」

そう言って、ずっとデスクの下に隠していた紙袋を引っ張り出し、キッチンに立った。アンティーク調の食器棚から、いかにも高級そうなティーカップたちを取り出す。大好きなダージリンのいい香りが鼻をくすぐった。

「えーと、確か竜崎用のは…」

他のケーキより少し大きめのそれを手に取った。どうせ作るならと、甘いものが大好きな竜崎の分は少し大きめで普通より砂糖を多く使ってある。ケーキを切りながら、やっぱり私が作ったことは言わないでおこうとこっそり思った。だって私の手作りだなんて言ったら竜崎はきっとまた、意地悪なことを言うに違いないもの。

「皆さん、お茶の用意ができましたよ」

先にソファーに集まっている皆にケーキを出してから、まだ1人離れてパソコンとにらめっこしている竜崎のところに、カタンと紅茶とケーキを置いた。

「どうぞ」

「ありがとうございます、まだ終わらないのでそこに置いといて下さい」

そう言われて高く高く積み上げられた資料の上に、ケーキと紅茶をぽんと置く。見向きもされないケーキに少し同情した。残念だなぁ、どんな反応をするかちょっと楽しみだったのに。


「うわーっ、このケーキおいしいっすね!なまえちゃん何処で買ってきたの?」

ぱっと振り向くと、松田さんが口の周りにいっぱいクリームをつけてケーキを頬張っていた。

「確かにうまいな。近くの店か?」

夜神さんまでふんふん唸っている。おいしいって言ってくれたのは嬉しいけど、私が作ったんだから当然お店になんて売ってない。

「えっと、昨日の帰りにちょっと用事があって…その時にたまたま見つけたお店で買ったんです」

そう言うと、皆「へぇー」とか「また立ち寄ったら買ってきて」と口々に騒いでいる。

だけど竜崎はまだ手をつけてもいない。



* * * * * * * *


「皆さん、今日はもう帰って下さって結構です」

午後6時。いつもでは考えられない位に早めに終了を告げた竜崎は、ひょいっと椅子から飛び降りた。でも紅茶とケーキはそのまま。

「お疲れ様でした」

「じゃあ、また明日」

バタンと扉が閉まって部屋には竜崎と私だけになった。帰る前にひとつ聞きたいことがある。ひとつだけ。

「竜崎、ケーキ食べないならさげましょうか?」

出来るだけさりげなく。

「………」

「えーと、じゃあ紅茶だけでも淹れなおしてきます」

そう言ってカップを取ろうとした時に、竜崎が小さい声で呟いた。

「これ、手作りですか?」

驚いて思わず動きが止まってしまった。聞こえてくるのは、秒針を刻む音と私の速い鼓動。

「ばれちゃいました?」

そう言って笑うと、彼は表情ひとつ変えないでケーキを見つめている。

「ケーキの大きさが、少し不揃いです。それに舐めてみると、甘さが私に丁度よかったので。市販のではない、と」

「あっ、それじゃ竜崎、私が作ったからどうせまずいだなんて思って食べなかったんですね!」

ひどいなあ〜とわざとらしく呟くと、違います、そんな声が響いた。

「手作りと言うものを、食べたことがありません」

小さく呟いた彼の予想外の言葉は、何か私の心の奥の方をぎゅっとさせた。何かわからないけど。その彼の短い言葉の中には、たくさんの想いがあるような気がして。

「一度も……ですか?」

「はい、そういった機会がありませんでした」

そうさらりと言った竜崎の表情からは、悲しさなんて読み取れない。声もいつもと変わらない。でも、何故だか切なくて苦しくて。私は竜崎が寂しさを感じたことないだなんて、勝手に思っていたんだろう。どうして、なんで。
こんなに胸の奥が締めつけられる理由は、なに?

「あのっ…、これから手作りケーキくらいなら毎日でも作ってきます、今まで食べたことがなかったら、今から食べればいいじゃないですか、そうですよわたしが毎日作ります!」

掠れた声で一気にしゃべった。同情とかそんな気持ちとは全然違う、思わず口から出た言葉だった。ただ竜崎が小さな幸せを知らなかったのなら、私に出来ること、少しでもいいから幸せをあげれたらいいなと心からそう思えた。誰かのために、こんな風になにかしてあげたいとか、与えてあげたいと思ったことはなかった。私はいつだって、誰かに与えてもらうことばかり考えて求めていたのに。

肩で息をする興奮した私に、竜崎は一瞬大きく瞳を見開いてじっと私を見つめたあと何も言わず、のそのそとした足取りでソファーに戻っていってしまった。でも見逃してしまいそうなくらい微かに、彼の瞳は優しかった。



それからまた紅茶を淹れなおして、竜崎と一緒にケーキを食べた。思えば彼と二人きりになるのは初めてかもしれない。

「うーん、我ながらおいしい」

満面の笑みで、もぐもぐと口を動かしていたら、向かい側のソファーからの視線に気づいて手を止めた。

「…な、なんですか」

すると彼は急に口角を吊り上げて。
あぁ、この顔は絶対また意地悪なことを…。


「そんなにがっついたら太りますよ」



やっぱりこの人は、ひねくれてると思う。





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