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私は今、あまり喜ばしくない状況にある。
さっきまで普通に机の上のパソコンでカタカタと仕事をこなしていた。すると、ふと鼻になにか感じた違和感。

(え、あれ、鼻血!?)

慌てて上を向くと、なにやら喉を通る感じがする。やっぱり…気持ち悪い。

何事もなかったかのようにトイレに駆け込んでしまえばこっちのものだ。ティッシュ、ティッシュ、と上を向いたまま手探りで鞄の中を探る。……あれ、ない。なんで!?と思い返してみると今朝松田さんが紅茶を資料の上にひっくり返して、その時にとっさにティッシュで拭いた映像が蘇ってきた。ああ松田さんのドジ!

どうしようと上を向いたまま考えを巡らす。大の大人のしかも女性が、鼻血です!鼻血です!なんて恥ずかしくって男性ばっかりのこの仕事場で叫べるわけもない。今この捜査本部には私と、ソファーでうたた寝している松田さん、資料とにらめっこしている夜神局長、それと背を向けている竜崎。松田さんは相変わらずうとうとしてるし、夜神局長は気がつきそうもないし。かといって竜崎にはティッシュとってなんて頼めない。

そんな、勇気ない。

ろくにしゃべったこともない竜崎に、やれティッシュをとれだの鼻血が出ただの、恥ずかしくって言えるはずがない。

あぁ本当早く止まらないかなあ。天井を見上げたままでいると、だんだんと首まで痛くなってきた。ずっとこうしているわけにもいかない。誰かに不審に思われる前に早く止まって欲しい。うう、と小さく唸りながら目をごしごし擦ってゆっくりと開いた瞬間、なぜだか視界がなにか真っ黒な景色でいっぱいになった。


「新しい首の体操ですか、みょうじさん」

目と目がばっちりあった。竜崎が私の顔を覗きこんでいる…、って近い近い!!

「ひっ!いや、その」

「………」

「そ、そうなんです、新しい肩こり防止の体操なんですよ!」

やった、我ながらうまくごまかした!そう思って上を向いたまま至近距離にある竜崎に向かって、にへらと乾いた笑みを浮かべる。すると、きょとんとしていた竜崎の口角が少しだけ吊り上がった気がした。

あれ、いま笑った...?


「なにかいいものでも見ましたか?」

「はい?」

「鼻血を出すくらい、いいものを見たのかと聞いているんです」

「……なっ…!」

な、ななんてこと!目の前の竜崎はうろたえる私を見て、まるで面白い玩具を見つけた子供のように楽しんでいるようにみえた。いや、でも私は別にやましいことなんて考えてなかったんだし、動揺する必要なんてないのに!
それだけ言うと満足したのか、竜崎はどこか得意気な顔できびすを返した。恥ずかしい気持ちと信じられないという気持ちがふつふつとこみ上げてきて私の顔は真っ赤になる。ありえない、世紀の名探偵はこんな意地悪な人だったのか。
居た堪れなくなってとにかくこの場を早く離れたかった私は、もうこうなったら堂々とトイレまで行ってやる!とズカズカこれ見よがしに竜崎の前を通りすぎようとした。のに、何故だか呼び止められてしまった。
何かご用ですか?という心の中の怒りの声を視線にぶつけて振り返る。ああ、鼻血が垂れてるかもしれないけど、そんなの気にしない。

「なまえさん」

「…え?」

竜崎が、初めて私を下の名前で呼んだ。
いきなりのことに驚いて、少し速くなった心臓の音を感じながら硬直して突っ立っていると、竜崎はぽんと私になにかを投げた。

「それ、必要だったんでしょう」

とっさに掴んだ物を見ると、手の中にはティッシュケース。

「…!」

親指を押し当てるその口元は何故か満足げで、のそのそと椅子の上におなじみの体勢で座った竜崎の後ろ姿にティッシュケースを思いっきり投げつけてしまいそうになった。
ずずず、と鼻をすすりながらトイレに向かう途中で、竜崎に下の名前で初めて呼ばれたことに一瞬ドキっとしたことはすっかり忘れてしまっていたけれど。

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