最上級 | ナノ

第一印象といえば、変わった人。彼には少し悪いけれど、それ以外思い浮かばなかった。



最上級のせをあなたに




猫背に目の下の酷い隈、だぼついたシャツに、少し癖のある髪。それと、絶対にそらさない大きな瞳。
初めて会った時、正直言ってこの人が世界のLなのかと驚きを隠せなかった。あの最後の切り札といわれている、世界一の名探偵だなんて。そして何より一番驚いたこと。彼はまだ若かった。実はワタリさんが本当のLなんじゃないかと本気で疑ったこともあったけれど、そんな疑惑は1日で消し去ってしまって。傍にいると直に感じる、彼の凄さ。やっぱり彼はまぎれもなくあの世界のLで、私なんかが到底手の届くことないだろう遠い遠い存在の人。
いつも無表情な彼に近寄りがたくってなんとなく避けていたし、交わす言葉といえばほとんど事務的なことばかりだった。それでもやっぱり会話を交わすときには、緊張して失敗ばっかりやらかしてしまう。とりあえず足手まといにはならないように頑張るだけで、私は精一杯だった。




* * * * * * *


「ほんとお好きですね…」

思わずそう口に出てしまって竜崎の大きな瞳がこっちに向けられた瞬間、しまった!と思って慌てて顔をふせたけれど、彼は聞き逃してはくれなかった。

「何がですか?」

空になった竜崎のカップに紅茶を入れようとした時、ふと目にとまったお菓子の山を見て思わず声を漏らしてしまった。前から思っていたことだったけれど、なんというか、本当に普通じゃない量のお菓子が竜崎の前からひょいひょい消えていくのを見たときにちょっと衝撃をうけたのだ。

男の人が、世紀の名探偵が、

極度の甘党だったなんて。


だけど今口に出してしまったことを、ひどく後悔した。彼の瞳が私を真っ直ぐとらえているのに、その無表情な顔からは怒っているのかなんなのか感情が読みとれない。やっぱり彼のこの吸い寄せられるような大きな瞳はすごく苦手。

「えっと…いや、甘いもの、お好きですね!」

多少声が裏返ったのは否めないと思う。竜崎は視線を私から食べかけの苺ショートにうつして、小さくぼそりと呟いた。

「嫌いではありません。糖分は、脳の働きにいいんです」

「へ、へーえ!」

いかにもわざとらしい大袈裟な相槌になってしまった。こくこくと首を縦に振りながら、私の脳内はもう大パニック。あぁどうしよう…そういえば竜崎と仕事以外の会話を交わしたのは、これが初めてかもしれない。なにか、なにか話さなくっちゃと思って焦るほど次の言葉が何も出てこなくて、代わりに出たのは冷や汗だった。

「………」

「………」

そして気まずさが最高潮に達した瞬間、その沈黙を先に破ったのは竜崎だった。


「……苺はあげませんよ」

さっと自分の方にケーキの皿を引き寄せた竜崎と視線が合わさって、また変な沈黙が流れた。どうやら竜崎は、不審な物言いの私に苺を横どりされるかもと勘違いをしたらしい。緊張を裏切る予想外の言葉に、思わず吹き出してしまった。

「ぷふっ」

「...?」

きょとんとして不思議そうな表情をする竜崎に、私の緊張の糸は完全に緩んでしまったみたい。

「わたし、苺とったりしませんよ。苺は大好きですけど、っていうより竜崎はやっぱり甘いものが好きなんだと思います」

とくに、苺が。と笑いながらつけたすと竜崎の瞳が一瞬大きくなってまた元に戻った。

「面白いことを言いますね」

そう言った彼の顔が、今まで見てきた表情とはちょっと違う気がしたのは気のせいかもしれないけれど、思わずこみ上げた笑みを隠すことはしなかった。



「なまえちゃっ…ん!荷物、手伝ってっ!」

向こうの部屋から、悲痛な叫び声が聞こえてきて、ふと見ると膨大な資料を運ぶのに格闘している松田さんの姿が見えた。よろよろと段ボールを両手に抱えていて、助けてあげないと大惨事になってしまいそうだ。

「はーい、今行きます!」

そう言ってもう一度竜崎の方に顔を向けたら、すでにお馴染みの座り方でパソコンとにらめっこしている。私はその後ろ姿をちょっとだけ見つめてから、いつもより少し軽い足取りでそこを離れた。

もしかしたら竜崎は、私が思っていたような、他人になんてちっとも関心がなくて、ただ無頓着な人とは、ちょっと違うのかもしれない。





確かに変わってるけど。

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