「えっと…今から、ですか!?」
「はい」
何でもないことのようにさらりと竜崎が肯定するものだから、私はたいしたリアクションもできなかった。ちょっと待って下さい...それ私の意見なんてものはないんですかと問うより先に松田さんが竜崎に突っかかっていく。
「ずっるいです竜崎!!そういうの、職権濫用っていうんスよ!!」
「耳元でうるさいです松田さん」
そう言いながらも紅茶を飲むその表情すら変えず、竜崎は裸足の指先を擦り合わせるだけだ。だけどこればかりは私も松田さんの言う通りだと抗議したい。捜査本部のドアを開けて、いつものようにおはようございますと挨拶をした途端、ホテルの屋上に自家用ジェット機を用意しているから今からそれに乗って下さいだなんて、あまりに急すぎると思うのだ。
「なまえちゃんと二人っきりで旅行なんて…!僕も行きます!!絶〜っ対行きます!!」
小学生みたいに大きな声で駄々をこねる松田さんに、竜崎はうんざりというような顔をしてガチャガチャとティースプーンで紅茶をかき混ぜた。
「何を勘違いしているのかは知りませんが旅行ではなく仕事です。付け加えるならばこの仕事に適任なのが女性であるからであって、松田さんでなく彼女を連れていくのはそれが理由です」
話に割り込む隙を与えないくらいに早口に言いきった竜崎と、それでも尚諦めきれない様子の松田さんとの間に、呆れた表情の模木さんがまぁまぁと宥めに入る。
「でも、私なんの用意もしてないですし…」
「心配ありません」
なまえのささやかな抗議に、答えになっていない答えを返した竜崎は、ズズズと紅茶を飲みほしてひょいと立ちあがった。そしてそのままむんずとなまえの手首を掴んでドアの方向へ引っ張って行こうとする。どうやら強行突破を試みるようだ。
「っ、なまえちゃん…!」
悲痛な叫びを背に聞いて思わず振り返ると、松田さんが涙ぐんでいた。意外にも竜崎はドアを開けようとしていた手を止めて、なんですかと怪訝そうに振り返る。
「用件は早めにしてください。正直この機会を逃すと、この仕事に取り掛かる機会が次はいつあるかわかりません。皆さんには迷惑をかけてしまうと思いますが明後日の朝には帰ってきますので、よろしくお願いします」
今日の竜崎はよく喋るなぁなんて、もう現実逃避まがいのことを思いながら私も慌てて「あの、いってきます...」と頭を下げる。あぁ気をつけてなと言って頷いた夜神局長はなぜか苦笑いだ。その隣で捨てられた犬みたいな視線をおくってくる松田さんに、私が悪いことをしているわけじゃないのに何故だか申し訳ない気持ちになる...。拗ねてるような怒っているようななんとも言えない表情で、松田さんは私に手をひらひらと振って呟いた。
「お土産、よろしくねっ…」
こんどこそ無視を決め込んだ竜崎に引っ張られて、私たちは捜査本部を後にした。
* * * * * * * * * *
竜崎に連れられてこられた屋上は、びゅうびゅうと吹きつけるビル風が強くて思わずよろけそうになった。
「こっちです」
掴まれていた手首から手が離されて、すぐにしっかりと絡めとられた指先にビクッと反応してしまう。こっそりと竜崎を窺ってみるものの、勝手にドキドキしてる私とは違ってお馴染みのポーカーフェイスを決め込んでいて、手を繋ぐことなんて特になぁんとも思ってないみたいだった。なんとなく寂しいような、つまらないような、そんな厄介な気持ちを持て余す。
そのまま竜崎にぐいぐい引っ張られてついていった先に、いかにもスピードが出そうな小型の飛行機が確かに停められてあった。三人がやっと乗りこめそうなくらいの座席に先に竜崎が乗り込んで、差しのべられたその手に遠慮がちに触れると、ぐいっと車内に引き込まれた。
「…脱出成功です」
「お疲れ様です竜崎」
「ワ、ワタリさんっ!?」
一息つく暇もなしに、操縦席から聞こえたお馴染みの声に、私は口をあんぐりと開けた。間抜けな表情を晒しているだろう私にワタリさんは「シートベルト、締めてくださいね」とどこか悪戯っぽそうな微笑みを浮かべている。
「あの、竜崎...結局どこに行くんですか?」
「それは着いてからのお楽しみです」
またさらりと答えをかわされてしまって、だけど私はそんな竜崎を追及したり咎めたりすることが出来なかった。だって、私が持ってきていたドーナツにすかさず手を伸ばそうとする竜崎のその横顔が、どこかとても楽しそうだったから。