ここに来てから自分は少し強くなれたんじゃないかな、なんて思っていた。信じた正義に真っ正面から向き合い、信念を貫き通す。身近にそれを見て感じて、一人の人間として彼を尊敬した。あまり役に立てていないかもしれないけれど、それでも私だって、同じ信念を持ってここに居るんだって。もしかしたら強く、強くなれたんじゃないかなって。
だけどやっぱり、そんなのは私の思い違いだった。
結局私は何一つ変われてなんかいない。
「…ひ…っく…っ」
あれからトイレの中で、ずっと声を押し殺して泣いていた。ぽたぽたと頬を伝わって、落ちた雫が床に水溜まりを作る。
募るばかりの竜崎への想い
世界のLの存在の大きさ
一個一個の感情が言い表せないくらい複雑に絡み合って、もう自分の中では整理しきれなくなっていた。それに、勢いで部屋を飛び出して来てしまったから戻りにくい。もしかしたら身勝手すぎる私に呆れて、彼は私をクビにするかもしれない。
もういっそ、それでもいいや。
「なまえさん開けて下さい」
「………!」
急にガチャリとドアノブが音を立てる。背中の辺りが冷んやりとした。
「開けて下さい」
(ど、どうしよう…)
トントンと竜崎がドアを叩く。無理、開けられない。今の私は涙で顔はぼろぼろだし、なんて言ったって竜崎はいきなり出て行った私に呆れてるに違いない。自分勝手な私に嫌気がさしているかもしれないのに。
「嫌です、開けません…」
後に引けなかった。もうこの後の事を考えている余裕なんてなかった。
「開けて下さい」
竜崎も引かない。ドアを叩く速度が速くなる。
「嫌です」
「開けて下さい」
「嫌、です」
そんな言い合いがトイレのドアを挟んだ外と中でしばらく続いた後、先に折れたのは竜崎。どん、という音がして、彼がドアに背中をもたれかけているのだとわかった。
「なまえさんは私の事が嫌いかもしれませんが、」
ドア越しに2人背中を合わせて、ぽつりぽつりと竜崎が言う。
「私はなまえさんの事が好きです」
「!」
「何のために死ぬ気で今日の分の仕事を終わらせたと思ってるんですか」
ドアの向こうから聞こえるくぐもった声声がもう一度、開けて下さいと声が響く。
「……本当に?」
ガチャリと久しぶりに開かれたドアの中には俯いて目をごしごしと擦っているなまえがいた。
「本当です、ですから」
「…私も、竜崎が好き、です」
ですから泣かないで下さい、そう言おうとした竜崎を遮るような小さい声でなまえの方から聞こえた言葉に彼は目を見開いて固まってしまった。
「よかった、私てっきり竜崎に嫌われたと思って…」
そして竜崎も何か言おうと口を開けた時、背後から突然「あーっ!」と大声がした。二人とも慌てて声がした方を見る。
「なんでなまえちゃんがいるの!?」
その瞬間一気に竜崎が不機嫌になった。黒いオーラが漂っているように見える。
「松田さんこそ何の用ですか…」
「僕は忘れ物を取りにきたんです。二人っきりで何してるんですかー?…ってなまえちゃん泣いてる!?どうしたの、あっ、まさか竜崎に泣かされたんじゃ…!」
一人でギャーギャーと騒ぐ松田を、竜崎はじとりとした目で睨んでから、大きくまた溜め息をついてぼそりと言った。その言葉は誰にも聞かれることなく消えてしまったけれど。
「松田のバカ」