「いい事教えてあげます」
休憩時間になって急に竜崎が私にそう言い出すものだから、こっちに来いと、ちょいちょい手招きする竜崎の隣りのソファーに意気揚々と腰掛けた。
「いい事って何です!?」
女子というものは、いくつになっても噂話が大好きな生き物。きょろきょろ周りを見渡して、秘密ですよとそう言って顔を近付けてくる竜崎に、本当は噂話なんてものより、近いこの距離にドキドキしているんですよとこっそり思ってしまった私は恋する乙女モード全開なわけで。でもこの想いは伝わりそうにもないので、密やかな淡い恋心はしっかりと胸に隠し続けています。
「実はですね、松田さんには婚約者がいるそうです」
へぇ、松田さんに。…って、ええっ!?
「こっこここ婚約者!?」
大絶叫に捜査員皆が何事かと振り向いた。
「すいません何もありません。皆さんも休憩して下さって結構です」
ガバッと竜崎に口を手で押さえられたけれど、私の頭はそれどころじゃない。
しまった。松田さんに先を越された…。衝撃の事実を受けて愕然とする私に「びっくりしました?」なんて竜崎が言ってるけど、正直言ってびっくりしたーなんてもんじゃない。…負けた。いつもへらへらしていて、先の事なんかなぁんにも考えてなさそうな松田さんにすら負けた。
「松田さんに、こっ婚約者だなんて…信じられないです」
我ながら失礼極まりない発言をして、首をぶんぶん横に振る私に軽く竜崎が一言。
「まぁそうでしょうね、嘘ですから」
「え?うそ?」
「はい」
「なっ!竜崎!…騙したんですか?!」
あっさりと信じてしまった自分が恥ずかしくて、竜崎に非難の目を向けて見たけれど、してやったりと言うような満足げな顔。
「そんなに怒らないで下さい。次が本当の話です」
そう言われると気になってしまうのが人間の性。でも嘘を簡単に許してしまうのは、秘密の話が聞きたいからだけではないのだけれど。
「ここだけの話です」
いつになく真剣な声色でそう言う竜崎に、わたしもごくりと息をのむ。
「実は夜神局長、バツイチです」
「……竜崎」
「はい、何でしょう?」
「それは本当の話ですか?」
「いえ、嘘です」
よく言ったこの人は。二度もよくいけしゃあしゃあと。
「…もういいです」
「待って下さい」
じとりと冷たい視線を送ってみても動じなくて、それどころか竜崎は私の服の裾をしっかりと掴んでいて立ち上がれなかった。
「もう一つだけ。これが最後です」
真っ直ぐな黒い瞳を見ていると吸い込まれそうで、また貴方を許してしまいそうになる。ほんの少し躊躇した瞬間、ぐいと竜崎に引き寄せられた。
「世界一の名探偵が貴方に惚れていると言う話です」
低く耳元でそう呟かれた声は、私の顔を赤くするには充分すぎた話で。
「…そっ、それも嘘なんでしょう?からかわないで下さいっ!」
「私、嘘ついてません。本当の話です」
「何回も騙されて信じるもんですか!」
「さっきも嘘はついてません。後で、嘘だと言いました」
もう、めちゃくちゃな言い訳をする貴方に私は返す言葉が見つからなくて、金魚みたいにパクパク口を開けている私はきっと滑稽だ。
「信じて下さい」
「え、えっと」
「世界一の名探偵はふられてしまいますか?」
ずるい。この人はずるい。答えなんてきっと知ってるはずだ。
「好きですよ」
あ…嘘じゃありません、と急いで付け足した貴方がなんだかおかしくって。
何度も騙されたことが悔しくってやっぱり素直になれない私は、頷くだけの返事を返した。
きっとこんな嘘なら100万回つかれたって貴方となら幸せになれる。
こんな嘘なら100万回
2009