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「で、竜崎さん」

「はい」

「こんな人混みの中に出てきて大丈夫なんですか?」

「…微妙です」

「えっ、び微妙って…!」

「でもここじゃないとダメなんです」




* * * * * * *


久々に竜崎から連絡が入った。
その理由が仕事だとわかっていても、すっごく不謹慎な事かもしれないけれど、私は飛び上がるくらいに嬉しくてベッドの上に置いてあるパンダのぬいぐるみにギューッと抱きついた。

(やったー!やったー!)



私と竜崎は2年前にワタリさんを通じて知り合った。ワタリさんとの出会いは本当に偶然で、私が道に迷ってウロウロしているところを黒い高級車から顔を覗かせて助けてくれた紳士な人が彼だった。
助手席に乗って話しているうちに何故だか意気投合してしまって、目的地に着いた時は別れが悲しくなってしまうほどに。私がどうしても御礼をしたいと、なかば無理矢理に携帯の番号とアドレスを渡してその場を後にしたのだけれど、意外にも数週間経った頃に返事は返ってきた。

『ご一緒にお茶でもしませんか?』

私にとっては優しいおじいちゃん、ワタリさんには孫のように可愛がってもらって何気ないお話をしたり散歩したりと暖かい時間を過ごした。


「貴女に会ってもらいたい人がいるんです」

ワタリさんが、こう言ったのは出会ってから半年もすぎた頃。
よくわからないまま入るようにと促された部屋は、ホテルの最上階にあるスイートルームでおどおどしながら足を踏みいれたそこに彼がいた。



「竜崎、この人がお話していた方です」

怪訝そうにゆっくりと振り向いた顔は、整った顔に不釣り合いな濃いクマが印象的で思わず見入ってしまった。


「……そうですか、貴女はワタリの話によく出てきます」

それだけ言って彼はまたくるりとパソコンに向き直った。困惑の目をワタリさんに向けると、ワタリさんはいつもの笑顔で笑っている。どうやら竜崎さんに私を連れてくる事は言ってなかったみたい。

「竜崎は優秀な探偵なんです。パソコン使えましたよね?時々彼の仕事を手伝ってくれると助かります」

ワタリさんがそう言うと竜崎さんは、ぐっと顔をしかめた。きっと私の事を快く思ってないに違いない。


それから、何回かワタリさんに呼ばれて手伝いに来たけれど竜崎さんは私に心をちっとも許していないようだった。なんだか寂しくて、いつもパソコンに向かう彼の背中ばかりを眺めていた。
その日も複雑な気持ちで部屋に入るとワタリさんが不在なことに気がついて、ますます不安になってしまった。しかも、タイミング悪く扉を開けたら、目の前に竜崎さんが立っていたから緊張は一気に高まるばかり。


「こ、こんにちは!」

「あ」

「え?」

「それは?」


竜崎さんの目線を辿っていくと、私の右手に持っている紙袋に辿り着いた。


「あ、これケーキ作ってきたんです。休憩の時にでもと思って…」

「食べたいです」

「はい?」

「それ、今食べましょう」


私がケーキを切っている間も竜崎さんはそばを離れないで、じっと隣にいた。切ったケーキを皿にとって差し出すと、彼は待ってましたとばかりに大きな口で一口で食べる。


「ほいひいですね」

ケーキを口いっぱいに詰め込んで、そう言って初めて笑った彼の顔に少なからずドキリと心臓が跳ねた。




私が竜崎に対する想いが恋だと気づいたのは一年前のこと。彼があのLだということを知った以外は、相変わらず何を考えてるかよくわからないし、ちょっと意地悪なことも言うし。だけど、彼に惹かれていた。どうしようもなく彼に惹かれている自分がいた。だから今日だって、仕事の手伝いだとわかっていたけれど久しぶりに会える事が本当に嬉しかった。でも…それにしても。


「なんで高級レストラン…?」

こんなことなら、もっとちゃんとした服を着てきたのに。
っていうか仕事の話じゃないの?

「ここじゃないとダメなんです」

さっきから竜崎の言っていることがよくわからない。

「それに竜崎…なんだか今日は座り方もおかしいよ」

いや、本当はそれが普通の座り方なんだけど、竜崎のあの特有な座り方じゃないから不自然に感じる。一体どうしちゃったんだろう。




「結婚してください」

「はい?」

「返事をきかせてください」

「へっ、ちょっ、なに!なに言ってるの!?」

「声大きいですよ。プロポーズです」


静かな高級レストランで、私が素っ頓狂な声をあげてしまったものだから視線が集まる。どこからか「わぁ、プロポーズだってー」なんて言葉が聞こえてくるのは気のせいでしょうか。


「で、返事は?」

「ほ、本気で…?」

「大真面目です」

「竜崎がわたしを…好き?」


そこまで言うと竜崎は少し驚いたような顔をした後、拗ねたような顔になった。


「気づいてなかったんですか。で、返事です」


どうやらこれは本気のようだ。

「…よろしくお願い…します」

真っ赤な顔で呟いた瞬間、隣の席に座っている男女のカップルに小さい拍手をもらった。
そして竜崎はバタンと、顔をテーブルに突っ伏したまま動かなくなってしまった。


「え、竜崎!?」

「…よかったです」

「?」

「二年間想い続けたかいがありました…」

「に、にねんかんっ!?」

「ほんとに気づいてなかったんですか、鈍感ですね」

「なん、知らないよ、そんなこと…!」




顔を赤く染める2人のお話は、これからもとどまることなく、寄り添いあって。





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