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恋愛は一種の催眠術だと言われている。
自己暗示によって、男女が精神的な掛け引きをするのである。いわゆる相手の心中の探り合いと言ったところで、世間一般に言われるような愛しさだ何だの感情は自らが作り出した暗示でしかない。
…と、恋愛という単語は私の頭の中では そんな風に定義づけられていたはずだ。
今まで、世間一般の人達が騒ぎ立てる愛だの恋だのというものは、自己暗示に惑わされているに過ぎないのだと心中で笑っていたはずだった。だからまさか、彼女の笑顔が他人に向けられただけで胸のずっと奥の辺りが鈍く疼いたり、その笑顔が自分に向けられると一気に心音が加速したりなんて、するはずがない。

するはずが、ないのだ。




「あの…竜崎、」

「なんですか」

何故彼女に対してだけ、こんなあからさまに体が反応してしまうのだろう。抑えれば抑えようとするほど、ただえさえ無表情なのに、さらに愛想がなくなっているのが自分でもよくわかる。
なんてことはない、そう思っていたのに彼女の口から発せられた言葉は、何百と予想されていた言葉を全部覆すものだった。

「竜崎は、私のこと嫌いなんですか?」

思わず顔を上げた。彼女の口から発せられた、予想もしていなかった言葉に返事が返せない。今まですぐに返事が返せないなんてことがあっただろうか。彼女の言葉がぐるぐる頭の中でフレーズが高速に回る。
何故彼女は急に…いや、私に嫌われているという問いはこの場合…、

「さあどうでしょう」

平静を装って口から出した答えは当たり障りのない返答だったはずなのに、彼女が悲しげに目を伏せたものだからぎょっとした。

「貴女は私の事が嫌いでしょう」

そんなことを聞いて私は一体彼女をどうしたいのだろうか。余計なことを口走ってしまったと思うより先に、彼女は驚いたようなきょとんとした顔をした後、あーとかうーとか唸りだしてしまった。


「私は…竜崎が好きですよ」

下を向いて、少しはにかんだ彼女の本当の心情はわからない。
しかしそう言って彼女が恥ずかしそうに笑った瞬間、全身にじんわりとした暖かさが広がって行くのがわかった。きっとこの感情は、定義、理論を引っ張り出してきても 到底説明出来そうにない。


「私も貴女を嫌いではないです」

そう言うと彼女の耳がほんのり赤く染まった。なんとなく彼女に触れてみたくなって指先で髪の毛を掬うと、一瞬びくっとしたものの、すっと目を細めて微笑んだ。胸の奥の方からじんわりと何かが広がってゆく。なるほど、きっと自己暗示なんかではない。かといって、理論づけることは出来ない。貴女と話がしたい。貴女に隣にいて欲しい。貴女に触れてみたい。貴女に笑っていて欲しい。


それだけでもう、この感情の説明は充分なのだろう。




(恋愛症候群及び対策と処方)


2009
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