「それでは、」
さようならとまでは言わなかった。「別れて下さい」ただその一言だけを彼女に告げた。
きっと、どうして?だとか理由を求めてくるだろうと考えていたのに、彼女は真っ直ぐに目を逸らすことなく「わかった」と小さい声で返事を返した。
もしかしたら自分は、嫌だとか別れたくないとかそんな返事が返ってくるのを期待していたのだろうか。
いつからこんなことを、考えるようになった。
淡々と荷物を纏めている彼女の隣で、竜崎は何もせずただその姿を眺めていた。お揃いのマグカップやタオル、クローゼットからたくさんの彼女の私物が出てくるのを見て、彼女が居る生活が当たり前になっていたのだなと今更知る。
「じゃあね」
そういえば、彼女はいつも笑っていた。こんな時でさえその笑みは絶やさないらしい。
愛しすぎるが故に怖くなった。この先どうなるかなんて分からない自分の側に居るより、他の誰かの愛しい人になった方が彼女は絶対に幸せだ。
大丈夫、世界はこんなに広すぎるから何かの変わりなんて人間はすぐに見つけられる。
「風邪引かないでね、」
「はい」
「たまにはお菓子以外も食べること」
「はい」
「ワタリさんに我が儘言っちゃダメだよ」
「はい」
「それから、無茶、しないで、」
そこで初めて彼女の声が震えていた事に気付く。
愚かなのは、自分だ。
別れのシーンは早送りにして、どうかこれ以上苦しませないでおくれよ