蝶々結び | ナノ


(迷え少女、逃げるな少女)





昼休みの図書室を覗いてみると、数えるほどしか人はいなかった。そしてその中にお馴染みのふわふわ揺れる後ろ姿を見つけた。嬉しくなって気配を消し背後からそろりそろりと近付いてみる。なんだか、背が伸びた…?しばらくその後ろ姿をじっと観察してみるものの、真面目に本の整理に没頭している彼はちっともわたしに気付く気配がない。

「雷蔵」
「わ…!」

びくりと大きく雷蔵の肩が跳ねて、抱えていたたくさんの本がドサドサと手から滑り落ちた。

「ご、ごめん!びっくりしちゃった?」
「なまえ?驚いた〜…!」

床に散らばってしまった本を雷蔵と一緒に拾う。開けっ放しになった窓から入る風がパラパラとページをめくって、大好きな本の匂いがした。柔らかい木の匂い。懐かしいような、なんだかとっても心が落ち着く匂い。そういえばわたしもちょっと前までは図書委員だったはずなのに、いったい何がどうして学級委員長になんてなってしまったんだか…。

「これ全部ここに置いといたらいいの?」
「うん。新書は中在家先輩がチェックするんだ」
「中在家先輩は?」
「今日の昼休みの担当は僕一人だよ」

こっちに来て座ったら?と雷蔵が手招きしてくれた図書室の隅っこに、二人仲好くならんで腰掛ける。陽だまりが立ちこめるこの席はわたしのお気に入りだった席だ。中在家先輩がいないとはいっても、元図書委員だったわたしと現役図書委員の雷蔵は、図書室ではこそこそと喋る癖が染み付いてしまっている。図書室では私語厳禁。下級生の頃はいつも、手裏剣のように飛んでくる貸出カードに怯えてたっけ。

「なんか話すの久しぶりだね」
「そうだね、なまえが学級委員長になっちゃったから」
「それを言わないで…落ち込んじゃう」

大きく溜め息をついてぐったりと項垂れると、雷蔵が小さく笑った。思わずその顔をじっと見つめてしまう。鉢屋くんとそっくり…いや、こっちが本物だからそっくりっていうのはおかしい?でもやっぱり雰囲気とか笑った顔とかは少しずつ違う、気がする。雷蔵の笑顔は柔らかくってふんわりした木漏れ日みたいだけれど、鉢屋くんはよくクスクスと意地悪っぽく笑う。そのちょっと意地悪な笑顔を向けられるとどうにもからかわれているみたいな、くすぐったいような変な気持ちになるから苦手だ。

「委員会はまだ慣れない?」
「もう何度か出席しているからさすがに緊張はしなくなったけど…後輩はとっても可愛いの、先輩〜って慕ってくれて!…だけど問題は鉢屋くん。昨日だってね、いだだっ…!!!」
「ここにいたのか雷蔵」

急にズシリと頭の上になにかが覆い被さってきた。不意打ちの衝撃に耐えられなかったわたしの頭はゴン!という実にいい音をたてて額から強く机にうちつける。

「こら三郎」
「(え?さぶ…?)」
「おー雷蔵迎えに来てやったぞ、食堂に行こう」
「ちょっ、いたたた…!」

額を机にごっつんこしたまま頭の上で繰り広げられる会話を聞いていると、だんだん頭にかかっている体重が重くなってきた。これは逃げ出さないと本当に明日たんこぶを額にこさえてしまう。それだけは恥ずかしすぎる…。もぞもぞと動いて脱出を試みようとするものの思いのほか重くて情けない悲鳴だけが漏れた。

「ちょっと!痛い潰れる!」
「あれいたのか?気が付かなかったなぁ」
「(こ、この人は…!!)」

やっと重みから解放されたわたしはむっと鉢屋くんを睨みつけた。首が痛い…。その原因をつくった犯人は、ひどく機嫌がよさそうに笑っている。

「今日の夜委員会だ。遅れるなよ」
「え、あ…うん」
「雷蔵、先に食堂に行っとくぞ」

そのまま鉢屋くんは、すたすたと図書室から出て行ってしまった。本当掴みどころがない人。

「何しに来たんだろうね」
「なまえに会いに来たんじゃないの?」
「え?」
「なんてね」
「え」
「何にせよ楽しくやっていそうで安心したよ」

にっこりと素敵な笑みを浮かべてわたしにちょっとした爆弾を投下したまま、雷蔵も残りの本達を棚に戻して図書室から出て行ってしまった。ただの冗談のはずなのに心臓に悪い。雷蔵ってこんな冗談を言うタイプだったかな…鉢屋くんの影響を受けてるのでは…。ぐるぐる目が回る。鉢屋くんと出会ってからの最近のわたしの気持ちの浮き沈みは、めまぐるしく、というわけではないけれど、ゆっくりと変わっていく世界を受け止めるのに精一杯だ。でもその原因がなぜだか自分でもよくわからなくて、自分の気持ちにわたしはちょっと、追いつけていない。

じとりと汗ばんだ額に、前髪がはりついた。本格的に、夏がくる。





100901

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