蝶々結び | ナノ


(ずっと平行線のまま)





じりじりと照りつける太陽の下で、自分の実技テストの順番が回ってくるのをぼうっと座って待っていた。どうやら今日の実技テストは塀の飛び越えらしい。昨日鉢屋くんがわたしに言ったことは本当だった。でもなんでそんなこと知ってたんだろう。

「ちょっと、次なまえの番だって」
「え?…あ、はいっ!」

ぐいっと友達に前に押されて慌てて前にでる。どうやらさっきから先生に何度も名前を呼ばれていたみたいだ。みんなの視線がわたしに集中していて緊張と恥ずかしさで心臓がうるさい。
スタート位置について、頭の中で自分が塀を飛び越えていくイメージを浮かべた。よし大丈夫、いける!大きく息を吸い込んでダダッと勢いをつけて走り出す。あぁ神様どうか昨日みたいに着地に失敗しませんように…!



 ズボッ
「うぎゃあああ!!」

「だ、大丈夫!?」
「なまえ!しっかり!」

一瞬何が起きたのかわからなかった。痛む腰をさすりながらよろよろと立ちあがると、上からいくつかの手が伸びてくる。…なるほど、着地は成功したのにわたしは綾部くんが掘ったターコちゃんに落ちたらしい。

「いたた…」
「どこか痛む?大丈夫かしら…」
「あ、はい!大丈夫、です」

やっとのことで皆にターコちゃんから引き上げてもらったのはいいものの、泥だらけになった自分の服を見て思わず溜め息がこぼれた。わたしだけうまい具合に綾部君の掘ったターコちゃんに落ちるなんて、これって不運委員長の善法寺伊作先輩よりも不運なんじゃないだろうか。なんだか最近のわたし、とことんついてないなぁ。

「こら三郎、笑ったりしないの」

聞き覚えのある声にはっとして振り返ると、そこに五年生の忍たまたちがいた。どうやらランニング中らしい。そしてその中には困ったような顔をしてわたしにひらひらと手を振っている雷蔵と、その隣でお腹を押さえて笑っている鉢屋くん。顔に熱が集まっていくのがわかる。…見られた、穴に落ちたとこ、絶対に見られてた…!

「なんだか蛙が踏まれたような声が聞こえたな」

くつくつと笑う鉢屋くんと目が合う。恥ずかしさと、なんだかもう自分でもわからない感情がぐじゃぐじゃ入り混じって涙が出そう。

「みょうじさん…やっぱり保健室に行ったほうがいいんじゃないかしら?」
「いえ、大丈夫ですシナ先生」

くるりと背を向けて自分の列に戻る。ひどい。そんなに馬鹿にしなくたっていいのに。もしかしなくても鉢屋くんはわたしのことが気に入らないのだろうか。すりむいた掌がじんじんと痛みだしたけれど、なぜだか今は胸の奥の方が苦しくてずっと痛かった。


「なまえ先輩、鉢屋先輩ともう仲良くなっちゃったんですね」

落ち込むなあ…。ガックリと肩を落として座っていると右肩に軽く手を置かれる感触がした。驚いて振り返るとそこにはにこにこと微笑んでいる後輩のミチカちゃん。

「全然!仲良くなんてないよ。それに今だってあんな風に意地悪な言い方で…」

まくしたてて喋るわたしをまぁまぁというように制したミチカちゃんは、ぴったりと隙間がないくらいに寄って隣に腰を下ろした。そして秘密のお話でもするかのようにひそひそと小声で私に耳打ちする。

「でも鉢屋先輩って意外と人気じゃないですか」
「ええっ!?」
「しっ、先輩声が大きいです」

思わず出してしまった大きな声に、慌てて口を押さえてきょろろきょろと辺りを見渡す。よかった、誰にも気づかれてないみたい。それよりもなに?鉢屋くんが、人気?

「あの鉢屋くんが…?」
「そうですよ、本当は学級委員になりたかったくのたまは他にもいたと思います。まぁ学級委員は大変ですから立候補はなかなかいないですけどね」

そう言ってほら、とミチカちゃんが指をさしたその先にいたのは、今まさにひゅんひゅんと八方手裏剣を投げている最中の鉢屋くんだった。手から放たれた手裏剣は、綺麗な放物線を描いて全て的に命中する。

「すごい、百発百中だね…」

きっと鉢屋くんって成績もいいんだろうなということがこれだけでもなんとなく理解できた。ますます自分が情けなくなる。鈍くてどんくさいわたしとはまるで正反対。また胸がすとんと鉛でも落とされたように重くなった気がした。

「違いますよ〜鉢屋先輩の方じゃなくて、その木の近くに隠れてるくのたまの事です」

木?そう言われて少しだけ視線を右にずらすと、確かにこそこそと木の陰に隠れるくのたま達がいた。何をしてるんだろう、と思ってやけに熱っぽい彼女たちの視線の先を辿ってみる。 

「あ、」
「ね?鉢屋先輩って意外と人気なんですよ」


頬を少し赤く染めて熱をもった瞳の彼女たちが、なぜだかわたしにはとてもきらきらと輝いて見えた。羨ましいな、少しそう思ったかもしれない。彼女たちが持っている、そのきらきらした感情をわたしはまだきっと知らない。
そしてその視線の先にいる鉢屋くんが急に知らない人みたいに遠くに見えた。もともとわたしは目立つ方ではなくて、成績もそんなにいい方ではなくて、成績優秀で学園の誰もが名前を知っているような有名人の彼とは、もしかすると一生交わらない平行線のままでいた人間なのだ。そしてその平行線はきっとずっとこれからも変わらない。けれどそのことを少し寂しいかもしれないと思ってしまったのは、どうしてだろう。

びゅう、と強い夏風が吹いて髪が私の頬を撫で付ける。風のせいでほどけた私の髪を結う紐が、なぜか久しぶりに桜の木の下で出会ったあの日の男の子を思い出させた。
あの男の子に、会いたかった。








100718

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