蝶々結び | ナノ


(優しい光、あの日の君の後ろ姿)





「どっどうしよう…!」

泣きそうになりながら懸命に駆ける。ひゅんひゅんと頬を切る風の匂いには、桜の香りが混じっている。さっき学園の入り口でこけた時に出来た膝小僧の傷が、じんじんと痛みだしたけれどそんなのもう気にしていられない。だって、そんな、忍術学園の入学式に遅刻する生徒なんて、聞いたことあるだろうか!
来る途中で道に迷ってしまったのだけれど、まさか学園に辿り着いてからも迷子になってしまうとは思わなかった。わたしが道に迷っている間に、もう入学式は始まってしまっているのだ。一体みんなどこに集まっているのだろう。


ずっと走り続けていた足を止めてぐるりと辺りを見回す。あぁ、だめ。ここがどこだか全然わからない。空を見上げると、太陽はすっかり昇りきってしまっている。もう入学式には間に合わないなぁと大きな溜め息をついた時、少し向こうの桜の木の上で、何かの影がちらついたのが見えた。何だろう?気のせいかな。ううん違う、あれは…

「人だ!」

嬉しくなって桜の木の下まで駆け寄る。あの子に聞けば、くのいち教室までの道を教えてくれるだろう。

「あのっ…すみません」

おそるおそる木の下から声をかけてみたものの返事は返ってこない。どうしたのかな。目を凝らして木の上のその子を見ると、服の色にドキリとした。同じ学年だ。以前来たときに、忍術学園での着用する服を説明された。忍たまとくのたまの服を間違えて買わないようにね!と念を押されたから、ちゃんと覚えている。

相変わらず木の上の男の子は、声をかけても身動きひとつしない。だけど困る。早くくのたまの教室まで行かないと困るのだ。
意を決して、大きな桜の木を登り始めた。右手、左足を幹の窪みにかけて、ぐっと力を入れて登っていく。うわぁ、これ結構高いなぁ…。
やっと男の子のいる高さまで上がって、額に滲んだ汗を拭った。男の子はまだ仰向けに寝転がったまま反応しない。わたしは少し怪訝に思って、えいっと男の子の顔を覗き込んだ。

「あ、寝てる…」

スースーと気持ちよさそうに寝息をたてて寝ている男の子の表情になんだか力が抜けた。そもそもこの男の子だって入学式に出席しなくちゃならないはずなのに、なんでこんな所ですやすや寝ているのか。気になったものの起こすのはどうにも気が引けて諦めて木から降りようとそっと右の枝に手をかけたとき、窪みにかけていた足がずるっと滑った。

「ぎゃあぁあ…!」
「えっ、うわなに!?」

落ちる!行き場を失ったわたしの手と足は重力に逆らえない。だけど次にやってくるだろう、地面に叩き付けられる背中の痛みがなかなか訪れなくて、怖さでぎゅっと瞑っていた目をそっと開けると、男の子がびっくりしたような表情でわたしの右手を掴んでいた。

「左手も、掴んで…、はやく!」
伸ばされた男の子の手を掴むと、上にぐっと引っ張り上げられた。た、たすかった!

「びっくりした!」
「こっちこそ!何をしていたの!?」
はぁはぁとお互い肩で息をしながら、顔を見合わせる。わたしは急に自分のしたことが、恥ずかしくなって俯いた。

「あの…遅刻しちゃって、どこに行けばいいかわからなくて、道を聞こうとして木の上のあなたを発見してそれで…」
「この木に登ってきたって?」
「う、うん」

きっと男の子はバカにするだろうと思ったけれど、聞こえてきたのはクスクスと笑う音で私は思わず顔をあげた。なんだかバカにしているというより、面白がってるという笑い方。その笑顔に少しだけドキリとする。

「この木の上なら、誰にもバレないと思ったんだけどなぁ」
「あなたは?ここで何してたの?同じ新入生でしょ?」
「うーん…面倒だからサボって寝ていたよ」
「ええ!!!」

驚くわたしの顔を見て、男の子はまたクスクスと笑い出す。そして突然ひょいっとわたしの手をとって、地面に降りた。

「それならもう行った方がいいよ。くのたま長屋はこの道を真っ直ぐ」
「あ、ありがとう!」

男の子はわたしを頭のてっぺんからつま先まで見て、クスクス笑うものだからなんだか恥ずかしくて早く逃げてしまいたかった。


「あ、ちょっと待って」

スッと男の子の手が近づいて、髪に触れる。

「ほどけてた。じゃあね」

それだけ言って男の子は、反対方向に走っていった。きっとあっちが忍たま長屋なのだろう。男の子が触れた髪の毛に手をあてると、一つ結びをするために伸ばした髪を束ねる紐が、綺麗な蝶々結びになっていた。ほどけてたと言ったのはこのことだったのだろうか。








だけどあれから一度も、四年経った今も、男の子に会うことはなかった。合同実習や食堂で忍たまとすれ違うたびに、人だかりの中にあの男の子の影を探したけれど、見つけることは出来なかった。

わたしは今も、あの男の子の笑顔を忘れられないでいる。クスクスと楽しそうに笑う男の子の笑顔。

ううん、忘れられないのじゃなくて、きっと忘れたくなかったのだ。





090317

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