(予算会議は、いつでも戦場です) 「ってなわけで、学級委員会の予算はもう確保しといたから大丈夫」 ほいほいっと鉢屋くんから手渡された予算表の紙を見て驚いた。こんな結構な額をあの地獄の会計委員長、潮江先輩から一体どうやって手に入れたんだろう…と思ったけれど、なんだかそれに触れるのは怖い気がして聞くのは止めにした。 昨日一日中眠りこけたわたしは、もうすっかり身体が軽くなっていた。でもずっと部屋に籠もって寝ていた本当の理由は、起きていたらぐるぐるとまた余計な事を考えてしまいそうだったから。昨晩わたしの部屋に訪れた訪問者はもしかしたら鉢屋くんなのかもしれないとか、妙にそんな事ばっかり考えてしまって顔を合わせたらいつもみたいに話せる自信がなかった。温かいお布団の中でそんなことをぼーっと考えていた時、急に襖がピシャリと音を立てて開いて、そこに立っていたのはなんと呆れた目をした鉢屋くんだった。 「いつまで寝ているんだ」 鉢屋くんと顔を合わす心の準備がミジンコほども出来ていなかったわたしは、いきなりの登場に驚いて、どうしてくのたま長屋にいるのとかそんな言葉も出なくて、思わず頭からお布団の中にもぐりこんだ。のだけれどそれは無駄な抵抗だったらしく、あっさり鉢屋くんにお布団を引っぺがされた。 「寝るな!今から委員会!」 「い、今から?」 「そう、今から」 それだけ言うとすぐに部屋から出て行ってしまう。取り残されたわたしは、身体の調子はもう良くなったはずなのにどこかぽっかり胸に穴が開いたような気分だった。どうして、昨晩の訪問者が鉢屋くんだったかもしれないなんて思ったんだろう。少し頭を使って考えてみれば、沙羅ちゃんが言ったようにあれはシナ先生だったかもしれないし、六年生の誰かかもしれないとか考えられる人はたくさんいるはずなのに。鉢屋くんの態度はあまりにもいつもと変わらなかった。鉢屋くんだったわけ、ないのに。ちょっと考えたら気づくはずなのに。だけどわたしの頭に一番に浮かんだのは、シナ先生でも六年生の誰かでもなく鉢屋くんだったのだ。どうしてだろう。もやもやとまた思考の渦に落ちて行きそうになったところで、委員会招集の事を思い出して慌ててお布団を跳ねのけたのが今朝の記憶。 * * * * * * * * * * 「それにしても暑いよ〜」 予算表をうちわ代わりにしてパタパタと風を送っていた彦四郎が、とうとう畳の上に大の字になってダウンしてしまった。少し癖っ毛の前髪が汗でべたりと額に貼りついている。前髪をそっとかきわけてあげると、気持ち良さそうに目を閉じた。本当に寝てしまいそう。 先日からもう一人この学級委員長委員会に加わった尾浜くんという男の子はどうやら鉢屋くんと同じ五年生らしい。人当たりが良さそうで安心したけれどどうやら非常にマイペースなところがあるようで、私がこの部屋に入ってきた時からずっと幸せそうな顔で部屋の隅で丸まってお昼寝をしている。 「もうついに夏休みですからね」 いつもしゃんとしている庄ちゃんも、この暑さには参ってしまったようで、何度も額の汗を袖で拭っている。そう、いよいよ夏休みがくる。 「みょうじ先輩は夏休み何してるんですかぁ」 彦四朗の欠伸を噛みころしての質問に、うーんと頭を悩ませてみる。 「えっと、図書室で本を読んだり自室の掃除したり…」 「えっ!夏休みも学園にいるんですか?」 「家が遠くてね」 苦笑いで答えていると、ひえーだとかびっくりだとか唸っている一年生組の隣でずっと寝そべっていたはずの鉢屋くんがいつの間にか隣にいて不意に近づいた気配に驚いた。こんなところで忍者の忍び足を使わなくても…! 「じゃあお前、夏は毎年帰っていないのか?」 「うん、二年前に対抗試合の結果で五十日の長い休みをもらえた時は実家に帰ったんだけど、今年は夏休みが二十日くらいだし…行って帰るだけで終わっちゃうから」 人より少し遠い私の故郷を少し思い出してちょっぴり切なくなる。私の大好きなものがいっぱい詰まった、故郷。遠い故郷のせいで遅刻してしまうことは何度かあったけれど、それでもわたしの大切な場所。いつか大好きな故郷を皆にも見せてあげたい。 「でも一人で寂しくないんですか?」 「そうですよ!学園長先生の長話にでも捕まったりしたら…」 「しょ、庄ちゃん辛辣だね…」 さらりと毒を吐く一年生に苦笑いするものの、本当に心配そうな瞳がとてもうれしい。 「うーん、ちょっとだけ。でも図書室でゆっくり過ごすのも楽しいよ」 なにせ本が大好きだったから、一年生から四年生まで委員会はずっと図書委員だったのだ。そう考えて、今はもうだいぶ学級委員会に馴染んでしまっている自分に気付いた。 「なんだか外が騒がしいな」 首を傾げた鉢屋くんが、立ち上がって襖の方に歩いていく。そういえば、なんだかさっきから外が騒がしい。そしてその音がこの部屋にだんだん近づいてきている気がする。 「「うおおらあぁあ学級委員会ィィーー!!」」 「…ばれたみたいだな、逃げよう」 ばれたって…何が?鉢屋くんの言葉に一年生と一緒にきょとんとしていたわたしは、襖の向こうで土煙を上げながら向かってくるその集団を見て、思わず悲鳴をあげた。 用具に、作法、体育……全委員会!?それぞれが物騒な武器を手にして、真っ直ぐに向かってくるのはどう考えてもこの部屋だ。みんな目が血走っている。ごおおぉという不気味な地響きの前列には、宝禄火矢を両手に抱えて笑っている立花先輩が見えた。 「鉢屋くん…何したの!?」 「いやぁ、ちょっとな」 「学級委員会ィィ!!お前らの予算請求書が『お茶菓子代』で通ってるのはなんでだァ!!」 お、お茶菓子代?全速力で逃げながら、一年生二人を抱えて隣を走っている鉢屋くんの横顔をじとりと見つめる。そうすると観念したように鉢屋くんが、だってさぁと呟いた。 「学園長がそれでいいっていうし」 「手を組んだの?」 「そうそう、だからあの予算の中には学園長とヘムヘムのお茶代も含まれてるってこと」 「だからみんな怒って…ってぎゃああ!!」 こ、これは学園長の生首フィギュア…?それに加えて生物委員会の毒虫たち!目の前に落ちてきた不気味でしかないそれが始まりの合図で、ぎゃーぎゃーと予算を巡った争いがあちらこちらで起こり始め、私たちも当たり前のようにそれに巻き込まれる。そして部屋に残してきた尾浜くんを思い出して心の中で手を合わせた。泣きそうなこの状況の中で、鉢屋くんだけはやけに楽しそうで、わたしは宝禄火矢が炸裂する音をすぐ傍で聞いた。 110922 |