Q.傷つかない心 借りれますか





 なまえちゃん、お元気ですか。ところどころ汗と泥で読みにくくなってしまっていることを許してください。君に送る初めての手紙にやっぱりちょっと緊張しているけれど、伝えたいこと全部、全部を詰め込んで書くから、どうか最後まで読んで欲しい。でも本当は君が最後まで手紙を投げ出さずに読んでくれるかという事よりも、君の元にちゃんと届くかどうかの方が心配です。僕は不運だから、この手紙も君に読まれることなく届く途中で紛失…だなんてことにならないように心から祈っています。
 なまえちゃん、忍者は残酷な生き物だねと君が僕の隣で嗚咽を漏らしながらそう言ったあの日の言葉を、僕は長い間ずっと覚えていました。あの頃の僕達は学園という場所に守られ、そこには大切な仲間と君がいる、それがこの先もずっと続くと錯覚していた愚か者だったけれど、否、実習で初めて戦を見たあの日からこのままでは居られない事を本当は何処かで僕も感じ取っていたのかもしません。でもやっぱりあの学園で過ごした時が、僕の不運な人生において一番幸せな時間だったと今になって思います。戦場は思っているよりずっと悲惨で酷い場所です。ここに来てから僕は随分変わってしまいました。君が忍者は残酷な生き物だと言った時、僕はそんなことはないと否定したけれど、忍者は残酷な生き物でなければならないということ、それを今の僕は痛いほど痛感しています。君にはこの血と憎悪で塗れた世界を知ってほしくありません。一生知らずにいてほしいのです。
 なまえちゃん、君はいつも僕に「伊作くんは優しすぎるから忍者には向いていない」と言ったけれど僕は優しくなんてないし君の知っている善法寺伊作とはきっともう違う人物になってしまいました。僕はただ甘かった、戦場では優しさなんて一番要らない感情だったのです。本当の僕は我侭で酷くて勝手で欲張りな人間なんだ。なまえちゃん、本当は君を幸せにしたかった。皆とずっと笑い合っていたかった。君と生きていたかった。こんなに僕は我侭で欲張りな人間なんだよ。だからせめて君の記憶の中の僕は、優しくて綺麗なままでいさせてください。そしてもう一つだけ僕の我侭を聞いてほしいのです。君には幸せになってほしい。これ以上の願いは僕にはありません。と、格好良く言いたいところだけど本当は最後に一目だけでもいいから君に会いたかったな。
 
なまえちゃん、この手紙が君の元に届く頃、僕は生きているかどうかさえわかりません。不思議な気持ちです。いつの日か身分や地位なんてものを巡って殺し合うこんな世界に終わりが来たら、その時は僕が君を せにさせ ほしい。僕は自分でも確かに忍者に向いてないと思うし、生まれてくる時代を間違えてしまったのかと思うけれど、こんな形で君と別れてしまうことになってしまっても、君に出会えたこの時代に感謝しています。いつかまた君と巡り合えた時は、手紙でなくて君にちゃんと直接  てる て言うから、だから、その時まで少しの間、さ  なら。




「伊作くんってさあ、何処までも不運だよね」
ぽとりと頬を伝って落ちた雫が、墨で書かれた文字を余計に滲ませた。肝心な、一番知りたい台詞が汗と泥で読めなくなってしまっている。字も震えていて読みにくい理由はもう考えないことにした。ねぇ、本当にそんな何にも縛られずに伊作くんと笑える日がまたくるのかな。今の戦乱の世に生まれた私には、そんな時代がくるなんて到底思えないのです。伊作くんは自分は優しくないというけれど、私はやっぱり貴方が優しすぎるとしか思えません。私はそんないつかの時代だなんて待ってられないよ。今を伊作くんと一緒に生きたい。
私が諦めが悪くて我儘だということ、何年も一緒に過ごした伊作くんならよく知ってるでしょう。今私が伊作くんのいる戦場に向かっている事を知ったら、伊作くんは怒るかな。でも生きることを諦めようとしている伊作くんを私は許せません。傷ついてしまった優しすぎるその心を、私も一緒に背負うから一緒に生きよう。それでも肉体が朽ち果ててしまったその時は、何も恐れることのない世界でまた巡り逢おうよ。






A.いいえ、しかし痛みを分け合うことなら出来るでしょう。





110918



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