短編 | ナノ




薄暗い鈍色の空から、はらはら落ちてきた雪の粒と、ポッポがゆらゆら飛んでいったのを見届けたところで、私は弾かれたように家へ走った。大きなリュックサックにカイロを手当たり次第放り込み、マフラーを顔にぐるぐると巻いたあと、ぐつぐつと煮込まれたコンソメスープを魔法瓶に詰め込んで家を飛び出す。
モンスターボールからピジョンを出すと、ぐぐっと大きく翼を広げて足元に頭をすり寄せてきた。ふわふわした頭を撫でてあげると、気持ちよさそうに目を細める。

「ごめんね、22番道路までお願いしてもいい?」




* * * * * * * * *


バサッという一度の音だけで、どこまでも飛んでいけるんじゃないかな、って思ってしまうほどのスピード。慌ててピジョンの体にしがみつく。そらをとぶ感覚は、いつまでたっても慣れない。この前そらを飛んだのは、えっと、確かタマムシシティに買い物に行った時だったかなぁ。

「わわっ…!」

そんなことをぼんやり考えていると、急にピジョンが急降下した。上空に絶叫が響き渡る。でも落ちちゃう!と思った時には地面に足が着いていた。ピジョンくん、運転が荒いです…。よろよろ、とピジョンから降りる。顔を上げると道路の草むらに、うっすら雪が積もっていた。

「ありがとう」

ボールにピジョンを戻すと、自然と足は、ゲートに向かって一直線に走りだしていた。踏みしめた雪がキュッキュッと音をたてる。もう少し、もう少しで会えると思えば、冷えた身体もじんわりと胸から熱くなる気がした。

「ちょっとちょっと君!どこに行くの!?」
「へ?わたし、ですか…?」

そのままゲートの中を走り抜けて行こうとすると、物凄い形相で警備員の人に止められてしまった。こ、こわい…!

「びっくりするよ!ここを通るときは全部のジムのバッジをちゃんと見せてね」
「……全部ですか?」
「え?バッジ、ないの?」
「…はい」


ずん、と沈んだ気持ちと足取りでゲートを出た。シロガネ山が危険なところだっていうのは、グリーンから耳にタコが出来るくらい言い聞かされて知ってたけれど、まさか入ることも許されないなんて知らなかった。とぼとぼと草むらを避けて歩く。両肩にのしかかるリュックサックが重たい…。こんなことならバカみたいに荷物を詰め込んでくるんじゃなかった。
道路の段差に腰掛けて、空を見上げる。ここ22番道路は、滅多に人が通らない。

空を眺めていたら、そこからはらはらと雪が降ってきた。そうしたら、レッドくんに無性に会いたくなった。ここに雪が降っているくらいなら、シロガネ山はきっともっと寒いんじゃないかな、と思ってスープやカイロをたくさん詰め込んで、会いに来た。

「会いたいなぁ…」

ぽつりと声に出してみると、心臓がキュッとなって涙が出そうになった。こんなに近くまで来ても、会えない。少し近づいたと思ったらレッドくんは、するりと簡単に離れていってしまう。もう三ヶ月顔を見てないし、声も聞いてない。もしかしたらこのまま、レッドくんが目の前から消えてしまって、いつか顔も声も、温度も、ひとつずつ思い出せなくなっちゃうんじゃないかって、それがどうしようもなく怖い。

「…名前?」

ありえない。嘘だ。でも、何度も夢に見た声が、頭に響く。おもいっきり振り返ると、少し目を見開いたレッドくんが立っていた。やっぱり、私は顔も声も何も忘れてなんかいなかった。だってレッドくんは三ヶ月前と、何も変わってない。

「…なにしてるの」
「え、なにって…あ!スープ持ってきたよ!あとはね、カイロもあるし…」

ずっと外にいたせいか手がかじかんで、スープの入った魔法瓶が手から滑り落ちた。ひっくり返ったスープが地面の雪をじんわり溶かす。

「わ、せっかくのスープがっ…!」
「ねぇ」

拾い上げようと伸ばした手を、レッドくんにギュッと掴まれた。思わず顔をあげる。少し眉間に皺が寄っていてびっくりした。怒っているのかもしれない。

「手、すごく冷たい」
「…うん」

レッドくんは冷たいって言うけれど、今はそんなことないと思うんだけどな。だってギュッと握られた手に熱が集まっているから。意外と力が強い。恥ずかしくて手を引こうとしたら、もっと強く掴まれた。

「レッドくん…おかえり」
「うん、ただいま」

レッドくんの周りの空気が柔らかくなる。ずっと、この笑顔が見たかった。会いたかった。ちゃんとご飯食べてる?またすぐシロガネ山に行くの?色々言いたいことがあったのに、なんだかどうでもよくなってしまった。じっと見つめていたら、急に視界が暗くなる。レッドくんの肩に顔が埋まった。手は繋がれたまま。

「レッドくん…?」
「寒いから」

それだけ言うと、また手に込める力が強くなった。ねぇ、今日は本当に寒いね。だから私の温度が、気持ちが、触れ合ったところからどうか少しでも貴方に伝わりますように。





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110217
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