短編 | ナノ


「前にもここでした気がする」
「……は?」

確かにシチュエーションはよくなかったかもしれない。太子はいつもの青ジャージだし、私にいたってはパーカーにスウェットというお家ルックである。それから私の手にぶら下がったビニール袋には、さっき寄ったコンビニで仕方なく購入したカレーまんが二つ。仕方なくというのは太子が「カレー!カレーがいいぞ!カレー!」と駄々をこねたからだ。私はピザまんがよかったのに。そんなこんなで深夜一時、コンビニを出るとびゅうと吹いてきた風に秋を感じつつ、やっぱりピザまんが食べたかったな…そうだ、今度太子におごらせよう!と邪なことを考えながら帰り道をぼんやり歩いていたら、「名前」と急に太子に呼ばれて振り向いた瞬間にキスされた。キス、された、太子に。
シチュエーションは最悪でも、もうドックンドックン全身が心臓みたいに血と熱が巡って、恥ずかしいやらなんやら自分でもよくわからないけど泣きそうで、そうなるのは私が太子を好きだからという証拠なのだけれど、唇が離れていったあとぼそりと呟いた太子のセリフで、のた打ち回っていた私の血液が一気にサ―ッと引いていくのがわかった。そして冒頭の会話に戻る。前にもここでした気がする…だと?

「近づかないで変太子」
「へっ…なんで!?」
「私のファーストキスを返せェ!」
「えええ名前ファーストなの?喜びんしゃい、私もファーストチューだぞ!」

パァアと輝く太子の笑顔にグーパンチを決め込んであげようかと思った。こいつめ!この期に及んで嘘をつくか!

「前にもここでキスしたとか今ぼやいたのはどの口だ!」
「名前それ勘違い…って、ちょ、足!足踏んでるでおま!」

ぐりぐりと踏む力を強くすると太子はふぎゃあ!と情けない声をあげた。私の靴がヒールじゃなくて、ぺたんこサンダルだったたけでも有難いと思いなさい。

「だから名前としたんだってば〜」
「嘘おっしゃい!私はさっきのがその、ファ、ファーストキスだったのに…!」
「んん〜だから何ていうかもっとずっと前に、こう…なんていうのデジャ、デジョ…?」
「デジャヴ?」
「そうそれだ!デジャブ!」

それだそれだ、といいながらアパートに向かってスキップしだした太子の後を追いかけながら考える。太子は時々変な事を言う。確か初めて手を繋いだときだって、今日と似たようなことを言っていた。またこうして名前と手を繋げて嬉しいとかなんとか。私を誰かほかの女の子と勘違いして言ってるのなら、なんてデリカシーのない人なんだ…とも思ったけれど、太子は私のことを初恋だとか言ってたからそういう浮気ではないと信じている。悲しいくらいに女の人の影も見当たらないし。

「デジャヴって、夢でも見たの?」
「う〜ん、夢って感じでもないんだよなあ」
「はっ!もしかして欲求不満でそんな夢を…?」
「ち、違うぞ!断じて欲求不満なんかじゃないからそんな目で見ないで!」

じとりとした視線を送ると、ぶんぶんと首を大きく振って否定する。ふーん怪しい。太子が欲求不満かどうかは置いといて、やっと目的地のアパートに着いたので階段をのぼる。ギシギシと変な音がするちょっとボロっちいこのアパートの二階に太子の部屋がある。私はそのお隣さん。

「やっぱり夢なのかなぁ」

またそんな声が聞こえて後ろを振り返ると、納得がいかないというように口を尖がらせている太子がいた。足をバタバタさせて上目づかいでこっちをみている。そんな乙女みたいなことしたって可愛くないぞ。でも話を聞いてあげないと拗ねてしまいそうだから、仕方なく話を振ってあげた。

「それってどんな夢だったの?」
「こう今日みたいにお月さんが真ん丸な日で」
「ふんふん」
「さっきみたいに私の隣に名前が歩いてて」
「うん」
「で、チューした」
「……へ、へーえ」
「もっかいする?」
「え!」

目が本気だ!身の危険を察知して後ずさると、太子が獲物を捕まえるようにじりじりと迫ってくる。ぎゃいぎゃいわーわーと攻防戦を繰り広げていると、ガチャリとドアの開く音がして私達の動きがピタリと止まった。しまったここはアパートでしかも深夜だということを忘れてた!

「お、小野くん…」
「おお妹子!」

ドアの向こう側からひょっこりと眠そうな顔を覗かせたのは、一週間ほど前にお向かいに引っ越してきた小野くんだった。寝癖がぴょんと跳ねている。なぜか太子に気に入られてしまった小野くんは、毎日太子にちょっかいを出されては振り回されるというエキサイティングな毎日を送っている。

「夜中に何してるんですか。丸聞こえですよ太子」
「ご、ごめんなさい小野くん!」

これ以上他の住民の皆さんを巻き込んで騒ぎを大きくしないようにと、小声で何度も頭を下げる私とは正反対な大きな声で、何にも考えてない太子が小野くんに突っかかっていった。

「邪魔するなよ妹子!私と名前は今からチューするところだったんだぞ!」
「なっ…」
「太子ィィ!」
「ぎゃん!」

余計な事を口走ろうとする太子にチョップをくらわせて静かにさせたところで、少し顔を赤くさせている小野くんに謝罪して、部屋まで太子を引きずっていく。でもきっと私の方が顔が赤い。情けなく伸びてしまっている太子をやっと部屋に運び込んだところで、もう冷めきってしまっているカレーまんのことを思い出した。温め直そうとして、ふと手が止まる。
そういえば、何度もこうやって太子と小野くんとぎゃあぎゃあ喧嘩して笑った気がする。だけどそれは、いつどこで?どうしてだろう、小野くんと知り合ったのなんてほんの一週間前のことなのに。でも私の思考がその渦に落ちて行く前に、カレーの匂いを嗅ぎつけて起きてきた太子の腕が、私の腰にまとわりついてきたものだから思考はシャットダウンされた。まあ…いっか。カレーまんを幸せそうに見つめる太子の横顔を見ながらそう思う。だってね太子、私は今もその夢の中でも太子が笑ってくれるから、本当に幸せなんだよ。




 夢の中でも 君と私が はぐれませんように




100910

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