短編 | ナノ
学パロ


久々知くんに彼女が出来たらしい。
そんな噂を耳にしたのは昨日のお昼休み。まさに今の状況と同じタイミング、同じ場所で、私の片思いは誰にも知られることなく散ってしまった。その時に初めて、ひっそりとしていても伝わる事は無くても、ずっと幸せな気持ちでいられると思っていた恋が、私の中ではもう取り返しがつかないくらい大きく成長してしまっていたことに気付く。

一週間前の席替えで、私は黒板に書かれた自分の名字の隣にあるその文字を、穴があくほど見つめた。久々知くん、私の好きな人。隣の席に、なれた…!
でも席が隣になれたからといって、ずっと遠くから見ているだけだった私が何か行動を起こせるわけは無く、変化といえばただその横顔をほんのちょっと眺める回数が増えただけだった。だけどそれだけで充分幸せで優しい気持ちになれちゃうのだから久々知くんってすごい。憂鬱な数学の授業だって、久々知くんに情けない姿は見せられないから、予習は欠かさずやったし授業中だっていつもより背筋がしゃんと伸びた。それさえ苦にならないんだからやっぱり久々知くん効果ってすごい。

そんな密かな私の恋の終わりは唐突におとずれた。正確にはまだ私は久々知くんのことが好きだから、終わってはいないのだろうけど終わらせなきゃいけない。たぶん久々知くんに彼女が出来た。それを知ったのはお弁当の時間。席が隣になってもろくに話しかけることもできなかった私の一番幸せな時間。
席替えした日のお昼休みの時間、久々知くんの席に仲良しの尾浜くんがやってきて、そこでお弁当を食べることがわかったのだ。すでに自分の席で友達とお弁当を広げてタコさんウインナーを頬張っていた私は、すとんと隣に座った久々知くんを見てこれからも友達を引きずってきてでもお昼ご飯は私の席で食べようと心に誓っていた。すぐ隣から時々聞こえる久々知くんの笑い声。耳が幸せ、心も幸せ、だなんて本気で思った私はけっこう重症なのかもしれない。ゆるゆると流れるこの時間に溶けてしまいそう。久々知くんは、まるでハチミツみたいだって、そんなことを真剣に思ってしまった。

昨日もそうだった。友達と駅前にできたクレープ屋さんの話題で盛り上がっていると、その合間に隣の席から聞こえてきた何気ない単語を、私の耳は聞きたくない言葉までしっかりと拾ってしまった。「兵助にもついに春がきた」「告白」。ぎゅるぎゅると尾浜くんの声が脳を駆け巡って、やっと私が辿り着いた考えはひとつ。久々知くん、彼女、できたのかな。それはずん、と私の心の中に落ちてきて重くのしかかる。失恋がこんなに辛くって悲しいことだと思ってもみなかった。初恋は叶わないなんて誰かが言っていたけれど、私はこの恋に終わりが来なければいいなぁなんて本気で思っていたのに。




………………………


「俺も兵助みたいに恋がしたいなー」
「勘右衛門やめて」


昨日までと違って、一部の単語だけじゃなく、久々知くんと尾浜くんの会話全部が私に筒抜けである。昨日初めて本格的な失恋をした私は、やけに饒舌な尾浜くんと、ちょっと怒っている久々知くんの隣の席でひとり不自然に縮こまって、卵焼きをお箸でつついていた。無意味につつかれた卵焼きはもうボロボロで、お行儀が悪いと叱られても仕方がない。
友達、はやく帰ってきてお願いしますと心の中で何回念じただろうか。今日は食堂で食べない?と誘おうと思っていたのに、それを言う前に友達は当たり前のようにして私の席に着いてお弁当を広げてしまっていた。でもここ一週間ずっとそうだったのだから友達に他の場所で食べようって言うのも何だかおかしい気がして、仕方なく私もお弁当を広げ、なるべく隣の会話を聞かないようにお弁当を食べていると、日直の用事だとかなんだで友達は先生に呼ばれてしまったのだ。なんでこんな時に限って…!すがるような視線を友達に向けたら、すぐ戻るから、と友達は教官室へと走っていってしまった。

そんなわけで隣の会話がするすると耳に入ってきてしまうのだけれど、これはなんというか…気まずい。さっきから何度も思ってるけれど、尾浜くん、声が大きい。尾浜くんはなんだかいつもより饒舌で、私の存在をすっかり忘れて久々知くんの恋愛話をしているみたいだけれど、久々知くんはさっきから何度も尾浜くんをたしなめている。そりゃそうだ、だってすぐ隣に座っている私にはどうしたって聞こえてしまう。さっきから私も何とか聞こえない、私は目の前の卵焼きに夢中です、という素振りをしているのだけれど、それももうそろそろ限界です。尾浜くんって、なんかもっと空気の読める人だと思ってた。

「兵助、告白しちゃいなよ」
「ほんとやめて、怒るよ」

それでも怒らない久々知くんって、やっぱり優しいなあなんて考えて、ふと手が止まる。久々知くんまだ告白してないんだ。彼女ができたわけじゃ、ないんだ。そう思ったら、無意識に二人の方を向いてしまっていた。そして、全力で後悔して顔を逸らす。にこにこ笑っている尾浜くんと、目を大きく見開いた久々知くんがこちらを見ていてばちんと目があってしまった。うわああ、これは二人の会話を聞いてしまっていたことがバレたかもしれない、逃げ出したい、もう今すぐこの場所を逃げ出したい!ボロボロの卵焼きを口の中に押し込んで咀嚼していると、キンコンカンコンと昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。いいタイミングで鳴ってくれたチャイムに心から感謝する。

「あ、次の授業の教科書忘れた。貸してね兵助」
「…は?貸してねって、同じクラスなんだから俺も一緒の授業なんだけど」
「まぁまぁ」
「え、ちょっとこら!勘右衛門!」

するりと尾浜くんが久々知くんの教科書を抜き取る。それを慌てて取り返そうとする久々知くん。二人はほんとに仲良しだ。すこし羨ましい。

「隣のクラスの雷蔵に借りればいいだろ」
「えー、なんで?」
「なんでって…」
「兵助に協力してあげてるのに。ほらチャンス!」
「かっ、勘右衛門…!」

ガラリと教室の前の扉が開いて、先生が入ってきた。そのすぐ後ろから「遅くなってごめん」といいながら友達が入ってくる。私は一緒に片付けておいた友達のお弁当箱を渡してみんなと同じように席に着いた。

「名字さん」
「え、はっ」

咄嗟に名前を呼ばれた方に顔を向けると、久々知くんが少し困ったような表情で目を伏せた。わたし、いま、久々知くんとおしゃべりしてる。名前を呼ばれるだけでこんなにドキドキするなんて。

「教科書見せてもらってもいい?」
「ど、どうぞ!」

カタン、と遠慮がちにちょっとだけ机を近付けると、久々知くんがずいと全部机をくっつけてきたものだから、心臓が飛び出してしまいそうだった。初めてこんなに久々知くんの近くにいる。少し動いたら触れてしまいそうな腕とか肩とか、そんなものにいちいち気がいってしまう。おふざけで久々知くんの教科書を拝借していった尾浜くんに心の底からお礼をいった。さっきは空気読めないとかいってごめんなさい。

「あのさ、さっきの聞いてた?」
「えっ」

さっきのって…どれだろう、尾浜くんと教科書の取り合いしてたこと?ま、まさかお弁当の時のあの会話のことだろうか、と焦って答えあぐねていると、伏せられていた久々知くんの瞳が、真正面から私の瞳を捉えて、呼吸をすっ飛ばしてしまいそうになる。

「告白がどうとか」
「あ、うん……」

やっぱりそっちの話だろうなあと思って、何の気なしに肯定してしまった。ドキドキして、そわそわして次に来る久々知くんの言葉を待っていたのだけれど、それから久々知くんは何にも言葉を発さなくなってしまった。でもこれでよかったのかもしれない。緊張で心臓がどうにかなってしまいそうだし、まともに気のきいた返事も返せないし。あと五分で授業が終わる。少しでもこの幸せな時間に浸っていようと、久々知くんの気配を噛みしめていたら「ねぇ」ぼそり、と隣から小さな声がした。

「今日一緒に帰らない?」
「………え」
「ごめん、なにか用事あった?」
「う、ううん!えっと、なんにも!」
「じゃあ、名字さんさえよかったら、一緒に…」
「あ、うん…」

こ、これはどういう展開なんだろう!?久々知くんと一緒に帰る。大好きな久々知くんと一緒に帰る、私がずっと想っていた人。真っ赤に熱が上がってしまった頬を隠すように、両手で顔を包み込む。どうしよう、顔が緩んでくる。思考のやり場に困って顔を黒板の方に向けると、なぜか前の方の席に座っている尾浜くんと目があった。にっこりとした満面の笑みを向けられて、おまけに私にひらひらと手を振っている。そして、満足そうに頷いて、前を向いてしまった。

あのね、久々知くん。もしも、もしも私の勘違いじゃなかったら、隣にいる久々知くんの少し赤い顔も見間違いじゃなかったら、私はこの恋をもう少し頑張ってみたいと心からそう思うのです。




ハチミツ


110904
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