短編 | ナノ



「タカ丸さん」
「んー?」

やっとのことで辿り着いた忍たま長屋、の天井裏。匍匐前進のおかげで埃まみれになった袖をパンパンと払って、そっと部屋の隅に着地した。最初は滝夜叉丸の部屋に行ったのに部屋には誰もいなくって引き返したものだから、装束が余計に汚れてしまった気がする。わたしの装束で四年生の忍たま長屋の天井裏の掃除をしたと言っても過言ではない。可哀想なわたしの装束…。タカ丸さんは、けほけほと咽ている私には目もくれず、机の上を散らかして一生懸命に鋏と櫛を磨いていた。襖の隙間から差し込んだ木漏れ日が、タカ丸さんの手入れの生き届いた髪の毛をキラキラと照らしていて、眩しくて綺麗だなあと思った。

「綾部くんなら、用具倉庫の裏でタ―コちゃんを掘ってるよ」
「えっ」
「あれぇ、綾部くんに用事じゃなかった?」
「あ、いや、そうですけど…」

なんと、用件を言う前にピタリと言いあてられてしまった。待って、でもこれじゃあなんだか私がいつも綾部を追いかけてるみたいに思われてるってことなのかな…いやいや、あながち間違ってはいないけれど、これは不可抗力というか委員会の連絡を伝えなきゃならないのにいつもあっちこっちで塹壕を掘っているから捕まらないのであって…。どこか言い訳がましく、もんもんとそんな事を考えている自分に少しいたたまれなくなっていると、ふふっという笑い声が聞こえた。櫛を磨いていたタカ丸さんの手は止まっていて、猫みたいに細められた瞳とバチンと目があった。

「名前ちゃん、眉間に皺が寄っちゃってるよ」
「あ、すみません!」
「妬いちゃった?」
「あの………は?」
「いやぁ、綾部くんが穴ばっかり掘ってるから名前ちゃんかまって貰えなくて…」
「ちょっと待ってくださいっ!タカ丸さん、何かすっっっごく勘違いしてます!」
「そうかな〜ふふ」

だめだ、ふわりふわりとかわされてしまって絶対にタカ丸さんには勝てないと心の底から痛感した。ちょっと抜けているように見えて、変なところでタカ丸さんは鋭い。くすくすと、何処か楽しそうに笑うタカ丸さんの顔を恥ずかしくって見れないまま、とりあえず逃げるようにしてお礼だけ言って、すぐに部屋から退散して埃っぽい天井裏に滑り込んだ。
綾部のことは、確かに嫌いじゃない。というよりむしろ好いている。普段合同実習以外ではあまり関わる事のない忍たまとくのたまだから、まともに会話すらした事のない忍たまなんて沢山いるけれど綾部とは同じ委員会で同学年、話す機会は他よりも必然的にくなった。猫みたいな男の子だなと思った。ふわふわで思わず撫でたくなるような髪の毛、話す時はじっと目を見てそらさない癖、滝夜叉丸と話している時は口数が多くなって何だか楽しげに見えるとこ。私が穴に落っこちたらいつも上から手を伸ばしてグッと力強く引き上げてくれるとこ。でもこの恋心を正面から認めてあげるには私はまだまだ大人になりきれない。だって綾部はすべてのことに対してあまり興味を示さないから。塹壕堀りは例外だけれど。様々な事に対して興味が薄そうな反面、思った事は取り繕う事なく率直に発言するタイプの綾部だ。もしも想いを伝えて、お前に興味がないよと面と向かってはっきり言われでもしたら私はそれを笑って受け止められる自信がなくって、この好意をまるっとなかったことにしてしまえなくなる位には想いは育っている。


「……見つけた」

もうすぐ訪れようとしている秋の風にのって、土埃が少し舞っているその中に綾部は立っていた。夕暮れの光が、綾部の髪の毛を照らしていて顔がよく見えない。キラキラと光を反射して輝くタカ丸さんの髪とは違って、綾部の髪は光を吸い込んで淡い色を放っている。どうしてかわからないけれど、胸の奥がキュッとなって、急にその髪に触れてみたいなと思った。

「あ、名前」
「探したんだよ、今日の夕飯のあと緊急の委員会だって」
「うん、わかった」

ざくざく。こくりと頷いてすぐにまた塹壕を掘りだす。直接ではないにしろ、これはもうお前には興味がないよと言われたも同然な気がして、めげてしまいそうだ。無心に塹壕を掘るのに夢中になっている綾部は、大好きだけど大嫌いで、すぐ近くにいられることが嬉しくてたまらないのに、すぐ近くにいても縮まらない距離がもどかしくて寂しい。色々と矛盾しきった私のこの色々な気持ち達だけれど、それでも間違いなく全部ひっくるめて私の本当の気持ち。その全部が、綾部を好きだっていう気持ちに返る。でもやっぱりちょっといらいらする。その土ばっかり見つめている瞳を、今はもうちょっと私に向けてくれてもいいのにな。

「綾部ってほんと塹壕堀りが好きだね」

意図せずに思わず口をついて出てしまった言葉は本心だった。だけど今のはちょっと、皮肉っぽかったかもしれない。不安になって綾部の顔を窺ってみようとすると、綾部は穴を掘る手を止めて私をみた。吸い込まれてしまいそうな、大きな瞳。私に向けてほしいと願ったその瞳なのに、いざ向けられるとじんじんと顔が火照ってきているような気がして、夕陽のせいにならないかなぁと我侭な事を思った。

「塹壕堀りは好きだよ」
「楽しい?」
「うん」
「そっか」

そっかそっかと呟きながら笑みがこぼれる。涼しい風が吹きぬけて、私と綾部の髪の毛がそよそよとなびく。綾部がまた塹壕を掘りだしたのを見つめて、私はもうちょっとだけこの場所で綾部を見ていることが許されますようにと願う。

「塹壕掘りは名前と同じくらい好きかな」
「そっか、…え?」

ざくざく。と一定のリズムが遠くに聞こえる。さっきの綾部の言葉が、鼓膜に溶け込んで何度も頭の中で再生される。ねぇ、知らないよ、そんなこと言われたら、わたし期待しちゃうよ。泣きそうで、でも幸せな、自分でも持て余しているこの想いを君に伝える術はまだ持っていないから、今はただこの恋がずっと続きますようにと、瞳に映る今の君を夕陽と一緒に心に刻んでおく。




終 わ ら な い 恋 に な れ






130518 




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