短編 | ナノ



「くっ…、あとちょっとっ…!」

指先が百円玉をかすめる。ピンと極限まで伸ばした右手が、正直もう限界だと訴えているけど私は決して諦めない!だって百円だし!喉カラカラだし!
さっき、私の手から滑り落ちてコロコロと転がっていった百円玉が、うまい具合に自動販売機の下へと潜り込んでしまったのだ。コンクリートに這いつくばって、必死に自動販売機の下を覗きこむ。ていうかあれだよね、こんな場面を知り合いに見られでもした日には、もう生きていけない気がするよね。ほんと何やってんだろうわたし…。でも幸い辺りに人影は無し。じりじりと照りつける夏休みの太陽に、部活で疲れ切ったわたしの身体と喉はどうしても水分を求めていたのだからしょうがない。

「やった…!とれた!」
「よかったですねィ」
「え」

百円玉を手に握りしめて勢いよく後ろを振り返ると、ギラギラと照りつけていた太陽はいつのまにか夕焼けに変わって、その人の綺麗なはちみつ色の髪を反射させていた。眩しくて顔がよく見えないけれど、そんなことはどうでもよくて、私は夏の暑さとはまた違う熱さを感じていた。イヤな汗が頬を伝う。見られてた。この人、絶対ぜんぶ見てた…!

「ずっと待ってるんでさァ、買わないんですかィ?」
「わわ、買います、すいませんっ…!」

申し訳なさと恥ずかしさでいっぱいいっぱい。慌てて立ち上がった私はスカートについた砂をバンバン払って、恥をかきまくってやっと手に入れた百円玉と二十円を自動販売機に押し込んだ。

「えっと、えっと…じゃあオレンジジュ」
「えい」
「…!?」

私の指が100%オレンジジュースのボタンに届くよりも先に、なぜか右からにゅっと伸びてきた手がピッとボタンを押した。点滅したボタンと同時に、ガコン!と缶が落ちる。

「ふるふるプリン…」
「何買うか迷ってるみたいなんで、オレが選んであげやした」

悪びれる様子もなくそう言うと、その人はササッとお金を入れて、当たり前のようにオレンジジュースのボタンをピッ押した。ちょっと、ちょっとなにこの人!!
頭にきた私は、涼しい顔をして缶のタブを開ける男の子をおもいっきり睨みつけた。そしてびっくりした。ここで私は初めて男の子の顔をちゃんと見たのである。…な、なんてイケメンだこの人!はちみつ色の髪の毛がサラサラと揺れている。この男の子の制服は、確か隣の高校だったはず。思わずまじまじ観察していると、くるっとした大きな瞳とバチッと目が合ってしまって、慌てて視線を逸らした。

「飲まないんですかィ?」

そしてその一言にカチンときた。

「この暑い日に、誰が好んでふるふるプリンなんか買うんですか!しかも飲み物っていうかもはやプリンですし!」
「へーえ。それにしても道にへばりついてる女子高生なんて初めてみたなァ」
「!」

にんまりと意地悪そうに男の子の口角が上がる。その一言に何も言えなくなってしまった。恥ずかしすぎる、もう消えたい。
仕方なくふるふるプリンを持ったまま歩き出す。早く家に帰ってなんか飲もう。オレンジジュースはなかったけど、確かカルピスなら冷蔵庫に入ってたはず。名も知らない意地悪な男の子のことはもう忘れて、そそくさとその場を離れようとしたら、男の子もぶらぶらと同じ方向に歩いてきた。なんてこと、帰り道が同じ方向なのか…。

「その制服、隣の高校だろ」
「はぁ、まぁ…」
「あんた、面白いな」
「…?」

人をバカにしてるのかなこの人は。そう思って怪訝な顔を男の子に向けたら、想像していた表情とはまったく違う顔を私に向けていた。少し楽しそうに笑っている。その横顔があまりにも無邪気で、とっても純粋で、少しだけ胸がくすぐったくなる気がした。

「ほっぺた砂ついてるし」
「ええっ」

慌てて制服の袖でごしごしこする。もっとはやく言ってくれてもいいのに…!

「あげるから元気だしなせェ」

ぐいっと手に押し付けてきたのは、男の子が買ったオレンジジュースだった。でも、その、飲みかけなわけで少し困ってしまう。そっと男の子を見てみると、気にもとめてないみたいだったけれど。

「明日もこの時間に、この道通るんですかい?」
「え、うん」
「じゃあもし会ったら、今度はふるふるゼリーをおごって…」
「い、いらないよっ!」
「そりゃ残念」

ちっとも残念じゃなさそうにくすくす笑いながら、男の子は公園の角を曲がって行ってしまった。変な男の子。夕陽に溶けていった彼の後姿が見えなくなるまで、ぼーっと見送った後、わたしもくるりと踵を返して歩き始めた。もし明日男の子にまた会ったら、今度はわたしが先に、おしるこのボタンを押してあげようかななんて考えて、少し笑った。


 
  そしてもう一度、出逢うのです





100411 私は振って飲むプリン好きです。




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