短編 | ナノ




幼い頃私はパパ、パパ、ととにかく何をするにも父にべったりだった。父が家にいることが少なかったからかもしれない。一日中父の背中を追いかけている、大人になったらパパのお嫁さんになるの!が口癖なそんな子供だった。だけど私がそう言うと父は必ず「パパのお嫁さんは、一生ママだけです」だなんて即答するものだから、私を泣かせてよく母に怒られていた事を覚えている。母に怒られた後、拗ねていつもソファーの上で丸くなっていた。今考えると、可愛い娘相手になんて大人気ない父だ。思わず笑ってしまう。

そんな私も小学校に入る前になると、パパにべったりな時期はとっくに過ぎ去って、太陽の下で元気いっぱい友達と遊ぶことの方が多くなった。
泥だらけになって家に帰ると、時々リビングのソファーで二人がくすくす笑いあっているのを発見して、私はなんだか切なくなった。二人の寄り添う姿があまりにも美しすぎて、綺麗すぎたから。
子供の前でイチャつく二人をどうかとも思ったりしたけれど、私は嫉妬していたのかもしれない。どこかで、両親の間には、私が一生入り込めない何かを感じていた。儚くて、綺麗すぎるそれは私を不安にさせることもあった。どちらかが、いなくなってしまったら二人は一体どうなってしまうのだろう。
キッチンで料理の手伝いをしていた時に、母にそんな事を一度だけ言ってみた事があるけれど、びっくりしたような表情で笑われただけだった。貴女がそんな風に思ってただなんて、と。


父が死んだと聞かされたのは、肌寒い11月の始め。凛と空が青く青く、どこまでも澄み渡っていた事を忘れない。
父が仕事で家にいなくても、毎日しっかり三人分の食事の用意をする母に「面倒じゃないの?」と言ったら「何が?」と気丈に笑う笑顔は本当に素敵だった。
だから父が死んだ時、泣き崩れた母を見て息が止まりそうになった。1ヶ月父が帰らなかった時も、一度だって弱音を吐かなかった母が。
火葬場で離れないように握り締めた手から伝わる震えは、私を強くさせた。泣いちゃいけない。私が母を守らなくては。

そう決心した私を置いていくように、母は弱っていき、年をとった。そしてそれに抵抗するみたいに父と母の絆はなくなるばかりか、より一層強くなったみたいに思えて、苛立ちを覚えた。父は死んでも母の心に強く残り続けたのだ。母が私を見てないようで、ひどく寂しかった。
どうしても父が恋しくなる夜があって、アルバムを引っ張り出した事がある。けれど父の写真が一枚もなくて、その変わりに私と母の写真がたくさんあった。小さい私と母のうたた寝している写真が出てきて、一瞬だれが撮ったのだろうと考えたら、答えはわかりきっていて涙が零れた。
悲しくて、切なくて、やりきれない想いだけが私を押し潰していく。
何が私を苛立たせて切なくさせているんだろう。自分の中で答えは出ていた。母も父も、一番大切なのは、愛していたのは、私じゃない気がしたからだ。




* * * *

今日は父の七回忌だった。ぼーっとする事が多くなった母と向かい合わせで座り、何を話すでもなく、時間だけが過ぎていく。
すると突然思い出したように、母は一番高い戸棚の引き出しから一枚の写真を抜き取って、私に差し出した。

「貴女とお父さんよ」

そこには父の腕の中でぐっすり眠る幼い私と、困ったような顔の父がいた。

「走り回る貴女を寝かしつけるのに夢中で、写真を撮った事にも気づかなかったんだから」

くすくすと、二人顔を見合わせて笑う。母の笑った顔を久しぶりに見た気がする。私も久しぶりに笑った気がする。

「貴女は私が一番愛した人と、あの人が一番愛した人との両方を持ってる、かけがえのない存在なのよ」

溢れる涙を止めることができない。私は一体何に嫉妬していたんだろう。
こんなにも両親は私を愛してくれていたのに。

あぁ、そうだった。
私が一番好きだったのは、大好きでたまらないのは、母がたまに口にした「エル」という響き、父が時々母のことを愛しそうに呼ぶ「名前」、そして二人が私の名前を呼ぶ、あの一番優しい声だったのだ。





一番優しいあの声で

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