短編 | ナノ




夜神くんと流河くん。

この大学で有名人の二人が、性格も雰囲気も全く違うのに、どこか似ていると思ってしまうのはなんでだろう。

そしてそのうちの一人の流河くんが、私の斜め前の席に座ってパフェを食べている。
彼を見かけるのは確かこれで六度目。一度目は入学式で。後の五回はこの食堂でだ。流河くんはスプーンを独特の持ち方で摘んでぶんぶん振りながら、ひたすら口へと運ぶ。それを見るとやっぱりちょっと変わってる人なのかも…だなんて思ってしまうのだけれど。

ずっと彼を観察しているわけにもいかないので、今日提出期限のレポートにもう一度目を落とす。間に合うかなぁ…と焦りながら、取り敢えず買ってきているいつものドーナツを紙袋から取り出していると、後ろから女の子達のひそひそ声が聞こえてきた。聞いちゃ悪いなんて思いながらも、どうしても自然と耳に入ってきてしまう。女の子達の話題は流河くんの事だった。

「ほら、見て!流河くんだわ!」
「一人でパフェ食べてる!可愛い〜」
「私は夜神くんの方が断然タイプだけどなー…」
「流河くん、目の下のクマがなければもっといいのにね」

きゃあきゃあと騒ぐ女の子の話を聞いていると、前に聞いた噂が蘇ってきた。どうやらイケメン夜神くんだけでなく、最近は流河くんの人気が急上昇しているらしい。
なんでかは知らないけれど、あのマドンナまでが彼に好意を抱いているようだった。
マドンナというのは周りが勝手にそう呼んでいるだけなのだけれど、彼女は本当に完璧な美女なのだ。
どこでどんな仕草をすれば自分が一番綺麗に見えるかを知っていて、それを自然に嫌み無くやってのけてしまうわけだから、大抵の男の子は彼女にすぐメロメロになってしまう。
だからマドンナの次のターゲットが彼だと言う噂は、大学中にあっと言う間に広まった。

「あ」

するとなんともナイスタイミングで右奥の扉からマドンナが入ってきた。思わず小さく声をあげてしまう。しまった!と慌ててノートにペンを走らせていると、確かにマドンナが歩いてくる方向はこちらで、白くて長い足がピタリと私の斜め前の席、つまり流河くんの隣で止まった。

「あの、ちょっといいかしら?」

ソプラノの甘い声が食堂に響く。
みんなの視線が一斉にこの二人に集中した。

「……はい」

流河くんはというとマドンナの方には目もくれず、それよりも目の前のパフェを食べることの方が大事だと言わんばかりで、その流河くんの態度が気に入らなかったのか、彼女はムッと眉間にシワを寄せた。
私はすぐ側で繰り広げられている展開に、なんだか自分の方が緊張してしまって、すっかり氷の溶けきってしまったアイスコーヒーをごくごく喉に流し込む。
(さすが流河くん!やっぱり普通の男の子とは違う!)

マドンナはわざとらしくコホンと咳をして、大人っぽい最高の笑顔で微笑んだ。淡い色で塗られた形のいい唇が、やんわりと三日月の形を作る。
本当に彼女の仕草は何から何まで完璧だと思う。女の自分から見ても、惚れ惚れしてしまうくらいなのだから。何気ないボディタッチやわざとらしくない上目遣いは、私には到底真似っこできそうにない。

「明日一緒にデートしない?」

直球!!マドンナが放った直球真ん中どストレートな言葉に一瞬食堂全体がざわついて、それからまたすぐに静かになる。みんなきっと、今度は彼の方がどんな返事を返すのか見守っているのだ。

「すいません、明日は重要な用事があるので」

(マ、マドンナを断った…!)

ざわっと、さっきよりも大きい話し声が食堂のあちらこちらで繰り広げられる。百戦錬磨の彼女の笑みは貼り付けたようにどこかこわばっていた。

「あら、そう、残念」

くるんと踵を返したマドンナは早足で出口へ退散しようとしている。
私はなんだか嬉しくって、マドンナには申し訳ないけれど流河くんがマドンナと付き合うことにならなくてよかったなぁなんて上機嫌で、大好きなドーナツを口いっぱいに頬張った。
うん、おいしい!

「名字さん」
「(……ん?)」

しん、と変に再び静まり返る食堂。視界の端でマドンナが立ち止まって、怪訝そうにこちらを振り返ったのがわかる。
そんな事よりも、なんで彼が今私に喋りかけてきたのかとかなんで私の名前を知っているんだろうとか、動揺で頭が真っ白になっていく。あっと言う間に、今度は彼と私に視線が集まった。

「明日、空いてますか?」

彼のその一言で食堂が今日一番の大騒ぎになった。後ろの席の女の子集団からは、ぎゃー!とか、うっそー!みたいな叫び声も聞こえるし、ガラス扉から丁度出て行こうとしていたマドンナはこちらを物凄い勢いで振り返ってキッと大きく目を見開いた。

「……ごほっ!(喉に、ドーナツがっ!)」

口いっぱいに頬張ったドーナツのせいじゃなく、顔が真っ赤でどうにかなってしまいそうだった。
真っ赤な顔の原因を作った彼は、ポーカーフェイスでパフェの最後のコーンフレークを丁寧に掬って食べている。そしてゲホゲホとむせている涙目の私の前に水を差し出したあと、ひょいっとイスから飛び降りて「明日迎えにいきます」と一言残して、すたすた出口へと歩いていった。

もう、何がなんだかわからない。




捕まえて!
その人、恋心泥棒!


何故か急に戻ってきた彼がテーブルを乗り越えて、私の食べかけのドーナツを口に入れたら歓声はもっと大きくなった。
そして私にしか聴き取れないような小さな声で「巻き込んでしまってすみません」と全く悪びれていなさそうな表情で言う。その言葉がどういう意味を持つか、今日いちばんフル回転しているだろう頭を使って考えて辿り着いた答えはひとつ。やっぱりマドンナからの逃げる手段として、たまたま近くに座ってたわたしが使われたのだろうか。そうだと思った途端なんだか少しだけ…
…あれ?私がっかりしてる?と気付かざるを得なかった。

「ラッキーでした」
「?」
「日本では棚から牡丹餅といいますね」
「ぼたも…?」
「牡丹餅は好きです」
「流河くん何言ってるの?」
「言い忘れたことがあったので戻ってきました」

どうみても会話が成り立ってない。流河くんが少し、いやかなり変わっているという事は知っているつもりだったけど、私の想像以上に読めない人だった。マイペースにも程がある。
真っ黒な瞳でじいっと見つめられるとどうにも落ち着かない。けれども視線をそらすことができない。

「つまり、貴女の名前を私は知っていたということです。時間を言い忘れたので言いにきました。明日17時に正面の門の前で」
「あの」
「いつも美味しそうなドーナツを食べているなと思っていました。…明日それ持ってきてください。12個入りのやつです」

ぬっと目の前に出された人差し指がゆっくりと下降していき、私のリュックサックの隣、ドーナツの入っていた紙袋を指す。
もう何が何だか牡丹餅かドーナツだかわからないけれど、とりあえず明日、会うらしい。

私が言葉を発する前に流河くんは丸まった猫背をこちらに向け、のったりとした足取りで食堂を出ていこうとしている。

「ドーナツ……12個も?」

やっとぽつりと漏れたその言葉で、はっと我にかえる。周りを見渡すと大多数の顔がまだこちらを窺っていた。好奇心の視線に押されるようにリュックサックの紐を掴み、裏口から飛び出す。呼吸が熱い。
人生の歯車が途端に向きを変えて動き出している、そんな気がした。





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