「……ぐすんぐすん」


ガラスで出来た棺桶に白雪姫をそっと入れて、泣いている住人の後ろをたまたま通りかかった王子様はセグウェイに乗ったまま通過しました。


さすがの住人も泣き真似をやめて、セグウェイの前に立ちはだかります。


「ちょっと待ってよ!!」

「何?」

「何で素通り!?」

「軟体動物がぐすぐす泣いてんじゃねーよクソが轢き殺すぞ」

「口悪すぎるよ王子様!!」


舌打ちをして早くも自分を轢く体勢に入っている王子様を何とか制し、住人は棺桶を指差しました。


「マサが死んでるんだよ!?王子様なら助けなきゃ!!」

「知らないよ、勝手に死んだやつが悪いんじゃない」

「お願い王子様助けて!!マサを生き返らせてくれたらチーズバーガー奢ってくれるってマサが!!」

「おお何と美しい姫だ」

「早ッ!!」


王子様はチーズバーガーが好きでした。頭のなかをチーズバーガーでいっぱいしながら棺桶の中を覗きこみます。確かに大変美形なお姫様が死んでいました。
王子様は冷めた目で白雪姫を見下ろした後、住人に主な死因を聞いて、頷きました。


「まずは城へ連れ帰りブラックジャックに見てもらいましょう」

「いるの!?ブラックジャック!」

「ピノコもいる」

「アッチョンブリケ!」

「というわけで」


王子様は踵落としで棺桶を破壊し、引きずり出した白雪姫のドレスの首回りを犬か猫を扱うかのように掴みました。
そのままセグウェイに乗ろうとする王子様を慌てて住人が引き留めます。


「苗字」

「何?」

「キスして」


王子様は腰にさげていたアルトリコーダーを住人の頬にめり込ませました。


「俺じゃないってごめん!マサに!!」


誰が口をつけたかもわからないアルトリコーダーで頬をぐりぐりとされるのは住人にとって壮絶なものでした。


「こいつに?何で?」

「白雪姫だから!アルトリコーダーぐりぐりするのやめてよ!!誰のそれ!?」

「学園長」

「おえええええ!!」


絶望した住人の隣で王子様は悩んでいました。ここで白雪姫にキスをすると校内にいる白雪姫の中の人のファンに半殺しにされるかもしれません。ファンというものは対象を守る壁でもあり要塞にもなります。


悩む王子様を裏で見守っていたケンカの王子様が説得しました。白雪姫が金持ちであること、白雪姫ならチーズバーガーだけでなくきっと月見バーガーも奢ってもらえるであろうこと、王子様はそれを聞いて白雪姫にキスをすることにしました。


雪のように白い肌と、閉じられた長い睫毛は王子様が白雪姫の顎に手をかけると少し震えました。
粉砕されたガラスが照明に照らされてきらきらと光っています。


王子様が白雪姫の頬にキスをしようとした途端、目を開けた白雪姫が王子様の後頭部を掴みました。


頬に寄せていたはずの唇がずれました。


ぽかんとしている住人の前で王子様と白雪姫はゆっくりと顔を離し、まず白雪姫が微笑みました。


「ありがとう王子様、お前のお陰で目が覚めた」

「ああそうですかそれは良かった、テメーさえよろしければ私の城へ来ませんか」

「ああ」


ほとんど棒読みで台詞を言ってすぐにセグウェイへと向かった王子様の後に白雪姫も続きます。


二人でセグウェイに乗っている妙な光景を住人に晒しながら、王子様は立ち尽くす住人に聞きました。


「お前もくる?」

「えっ、でもそのセグウェイ……。」

「もう一台あるのよ」


王子様の言う通り、森の奥からやってきたセグウェイは住人の前で止まりました。


なんとなく、住人はセグウェイに乗り、王子様と白雪姫と並んで一緒に隣国のお城を目指しました。


「……ねえ」

「何?」

「本当にキスしたの?」

「やっていない」

「寸止めよ寸止め」

「なーんだ本当にやったのかって思ってたよー!びっくりしたー!!」

「私だってびっくりしたわ」

「俺もだ」


途中そんな会話をしながら、住人はけらけらと笑います。


「あのさ、前から思ってたんだけどマサと苗字って何かエロいよね」


どこかで言おうとした時はルームメイトに阻まれてしまった言葉をようやく住人は彼らに伝えました。
好き同士なのかは知りませんが何だかよく一緒にいるし、お互いがお互いに甘いように窺えます。


エロい、という単語を別の意味で受け取ったのか王子様のセグウェイから白雪姫は転がり落ちました。


砂にまみれてびくともしない白雪姫を見ながら王子様が言います。


「おい、城に行く前に事故起きたんだけど」

「大丈夫だよ苗字王子様なんだからさ!もみ消しちゃえ!!」

「そうね、お前結構頭いいのな」

「えへへ」


王子様と住人は、白雪姫を残して先に行きました。
静かな森のなかに七色のコンパスを某人物の真似をしながら歌う二人の声が響いていました。



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