昔々のお話です。あるお城に女王様が暮らしていました。女王様は心優しいこと、容姿が美しいことに定評がありましたが一定の条件で暴君になることで民から恐れられていました。
そんな噂の女王様はある鏡の前に立ち、にっこりと微笑みながら言いました。
「鏡よ鏡よ鏡さーんこの世で一番可愛いお姫様は誰ですかあ?」
すると、丁寧に磨きあげられた鏡の中心から人の顔が浮かび上がってきました。浅黒い肌の少年は聡明そうな瞳を優しげに細め、女王様の質問に答えます。
「私のミューズ、七海春歌が一番……。」
「那……女王様!鏡をちょっと!!」
「ああ!」
「セシルくーん!!」
不思議な鏡は狩人の手によって舞台の裏側に連れ去られていきました。この世界ではどんな理不尽なことが起きても話を進めないといけません。
「ぐすん、セシルくんは何も悪くないのに……。よーしこうなったら僕よりも可愛いお姫様をやっつけましょう」
その場に崩れ落ち、大きな瞳から涙を流しながら女王様は涙を拭いたハンカチを引きちぎりました。
「というわけでお願いします、渋谷さん」
「あたし今狩人だから!!」
女王様の後ろに立っていた狩人は役名をきちんと把握していない女王様に怒鳴り、その後命令通りに恐らく可愛らしいお姫様がいるであろう森に向かいました。
狩人の予想通り、森には素敵なお姫様がいました。白い肌と青い、美しい髪を持ったお姫様は森の中心で彼女の美貌に引き寄せられて飛んできた蝶の軍団に怯えていました。
狩人は蝶を追い払い、そのなかでも特に美しく見えた一匹を虫かごに閉じ込めてから背後で息を切らしている白雪姫に向き直りました。
「まさやん……そんなこの世の終わりみたいな顔しなくても…………。」
「俺は今白雪姫だ……殺すなら殺せ。むしろ殺してくれ……。」
白雪姫は現在の自分の服装と役名に脚本を貰った時点で深く絶望していました。ぐったりとしている白雪姫に狩人は虫かごを彼の頬に押し付けます。
「駄目!!まさやんが逃げないと話が進まないじゃん!」
「くっ」
白雪姫はドレスを翻し一目散に森の奥へ逃げました。女王様の命令に背いた狩人は女王様にこの蝶を見せればわあきれいなちょうちょさんですう〜とでも言ってお姫様殺害のことなどどうでもよくなるだろうと判断しそのまま帰宅しました。(途中、109に寄りました。素敵な服をたくさん買いました)
一方、白雪姫は派手なドレスで懸命に歩いていました。狩人に押されて飛び込んだ森の奥ですが昼前は優しげに自分を包んでくれていた太陽は沈み、ただでさえ暗く、葉っぱや木の枝に視界を奪われて歩きにくいことこの上ありません。
「ああ、こんな格好で飢え死はしたくないな……。」
お腹も空いていました。お昼におにぎりを全部食べてしまったことを白雪姫は後悔しました。
「む」
空腹と疲労にいよいよ悲しみが絶頂に達した時赤い屋根のお家が白雪姫の目の前に現れました。
赤いドアには音符が書かれており、白雪姫は呼ばれたかのようにそのドアに手をつけました。
「ごめんください」
ノックをしてみましたが、返事はありません。ここで諦めるべきですが中からこぼれてくる暖かな光が恋しくて白雪姫は思わずドアを開きました。鍵はかかっていなかったようです。
「失礼します」
面接を受ける就活生のように一礼をし、中に入ります。白雪姫はどこまでも律儀な性格でした。
ひとつのテーブルをななつの椅子が取り囲み、テーブルの上には夕飯がすでに用意されていました。
カレーの香ばしい匂いが白雪姫を誘惑します。
「人のものを勝手に頂くなど……。」
葛藤する白雪姫の目に、カレーの副菜らしきものが飛び込んできました。
「うむ、うまい」
ピーマンしか入っていないサラダを頬張り白雪姫は頷きました。
ななつあったサラダを食べると妙にお腹がいっぱいになり白雪姫は椅子に座ったままうとうととしています。
「食べてからすぐに寝ると牛に……。」
そういいながらも白雪姫は壁側にあったベッドに横たわり、眠りにつきました。白雪姫はとても疲れていました。
そこに、家の住人がTRUST☆MY DREAMを熱唱しながら帰ってきました。
本来七人必要なはずの住人はひとりしかいませんが、それでも楽しそうに住人は背負っていたギターを床に置いて、すぐに夕飯を取るべくテーブルに駆け寄りました。
住人のために用意されていたカレーの副菜は全て器だけを残してすっかり消えていました。
「あー!俺の夕飯からピーマンが消えてるー!!こっちの器からもピーマンが!!何でカレーには手をつけてないの!ベジタリアン!?」
カレー食べなよマサ!住人はそう叫び、ベッドで爆睡している白雪姫の頭を叩きました。
叩き起こされた白雪姫はまず口元の涎を拭い、住人に謝ります。
「すまない一十木、俺はお前のサラダを食べお前のベッドを勝手に使ったのだ」
「気にすんなってマサ!俺トキヤが作ったサラダ死ぬ程嫌いだから!」
住人はピーマンが嫌いでした。
起きた白雪姫と一緒に住人はカレーを食べました。
それから白雪姫は住人の家で暮らし、料理や洗濯など色んな家事を引き受け丁寧にこなしていきました。たまにピーマンしか入っていないサラダが玄関の前に置かれていましたが白雪姫はそれを全てひとりで食べました。
明るい太陽の下、白雪姫は斧を薪に叩きつけます。真っ二つに割れた薪はころころと地面を転がりました。
「薪割りを躊躇せずにやる白雪姫って新鮮だね」
その様子を爆笑しながら見守っていた住人は人気者特有の素敵な笑顔を白雪姫に向けました。
「マサは俺の親友だからずっとここで暮らしていいよ!」
白雪姫は素直に嬉しいと思い、住人にお礼を言いました。
平温な日々がそのような感じで続いていましたが終わりを告げる足音が赤いドアの前で止まります。
「お姫様が生きてると聞いてやってきました!」
女王様です。狩人からもらった蝶との会話でお姫様が生きていることを聞いた女王様はわざわざここまでおいかけてきたのでした。
「本当は櫛とか紐を使ってお姫様を殺さないといけないんですけど、僕は人殺しは出来ませんしここで楽しそうに暮らしているのだからそっとしておいてあげるべきだと思います。ふふふでもこのまま帰っちゃうのも失礼なので」
胸にしっかりと箱を抱いて、女王様は天使のように笑った後ドアを叩きました。
「こんにちはー!」
警戒心もなく、ドアは開きます。
「何だ四……女王様」
「はい!真斗くん、アップルパイを焼いてきました」
「なん……だと……?」
「幸せに暮らしているお祝いです!!林檎は名前ちゃんから頂いたんですよお」
「……ありがとう」
「はい!熱いから気を付けてくださいね」
女王様は憎めない笑顔で白雪姫にアップルパイを渡し、スキップでお城まで戻っていきました。
女王様の料理が民からナチュラルボーン死刑と呼ばれていることを知っていた白雪姫ですがどうしても受け取らなくてはいけない理由がありました。
「林檎は苗字か……。」
この国の隣にある国の王子様の名前は苗字名前と言います。甘い物が嫌いですが林檎に関しては他の追随を許さない王子様でした。一ヶ月に一回は林檎投げ祭なるものを開催しては死人を出すバカ王子様でした。白雪姫はその妙な王子様に好意を抱いておりました。
「残すのはいけない」
白雪姫も甘い物は嫌いでしたが林檎は別に嫌いではないし、基本的に真面目な方であるのでアップルパイを頬張りました。
次の瞬間、白雪姫は自分の舌が千切れてしまったような錯覚を覚えた後、倒れました。
重ね重ね申し上げますが女王様の料理は民よりナチュラルボーン死刑と呼ばれていました。
「わー!!」
虹色☆OVER DRIVEを歌いながら帰ってきた住人は倒れている白雪姫を見つけて叫び、床に落ちているアップルパイに発狂しました。
「これ那……女王様の料理だ!!どうして食べちゃったんだよマサ!!那月の料理はイギリス人だって拒否するのに!」
イギリスの料理はまずいというのを住人は同僚から聞かされていました。
白雪姫を床に放置したまま住人は号泣します。
「うわーん俺やだようトキヤのサラダー!!!」
ピーマンしか入っていないサラダは住人の敵でした。