友達が出来たこと、そしてその友達が長年私が探していた女の子であることを少し前に社長に話したら後日速達で七海宛にアップルパイと社員一同による感謝状が届いた。出来立てほやほやのアップルパイを美味しそうに頬張っている七海はそれはそれは愛らしかったが社長含めた社員一同に私はとことん飽きれ、恥ずかしいどころの話ではなかった。
あと七海のこと以外何も話していないのにも関わらずアップルパイが入っていた箱の表面にでかでかとお友達の皆さんで召し上がってくださいと書いてあったのもまた私の苛立ちを増幅させた。推測だが学園長が余計な情報をあちらに流したのだろう。
黄色い軟体動物がもりもりと食べていた姿は今でも鮮明に思い出せる。


荷物をまとめ、かなり時間が経過しているのに昨晩の私によるHAYATOの物真似に腹筋を崩壊させながら(彼女曰く私の顔がとんでもないことになっていたそうだ)実家へと戻っていく渋谷を七海と校門まで見送り、さて私も今宵から始まる孤高な戦争に対抗するためある物を購入すべく事前に取っておいた外出許可証を叩きつけ、泣く泣く七海を学園に残し久しぶりに街に出た。目的のものは案外思っていたよりもすぐに手に入り、ついでなので大量のお菓子と道中で見つけたHAYATOのポスターに盛大な嫉妬心を抱きつつも七海へのお土産として購入して現在、腕いっぱいに物を持って学園に戻ってきた。詳しい時刻は携帯を見ていないのでよくわからないがおおよそ六時ぐらいだろう。少し遅くなってしまった。
とりあえずまずは自分の部屋に戻り、渋谷が帰ってくるまで七海を守るべく必要になるであろう荷物を部屋の中心にまとめておく。オレンジのタコ対策は玄関周辺に蛸壺でも放置しておけば大丈夫として問題は黄色い軟体動物だ。あいつはたまに私でも読めないことがある。それに食べ物を持ってこられたら悪食に定評のある私でも対抗出来ない。


昨日の時点でもっと考えておけば良かったと思いつつHAYATOのポスターを片手に握り締めて部屋を出る。先にこれを手渡して七海がどこかに貼り付ける作業に移る間に玄関に蛸壺を設置する作戦だ。敵を欺くならばまずは味方から、である。ドアに鍵をかけたところ足首にこつんと何かの角があたった。視線を足元へやれば見覚えのある箱がある。拾い上げたところこれまた元いた事務所からであり私は肩を落とした。さっきまで無かったような気がするがまさか私の帰宅を待っていたのか、相当な阿呆だ。


嫌々ながらそれもポスターと一緒に腕に抱えて七海の部屋へと向かう。


急に天候が悪くなったのか廊下に設置されている窓を激しい雨水が叩いている。雷が近くに落ちたのだろう、全ての窓が一瞬黄色に染まって直後凄まじい音を鳴らし校舎を揺らした。建物内にいるので恐怖など微塵も感じず、悠々と進み、階段を上る途中、光の如きで速さで黒い塊が私の前を走り抜けていった。


「ん?」


黒い塊、といえば。昨晩七海と渋谷が可愛がっていた黒猫のことが脳裏によぎった。猫が案外臆病者であることは私も知っていたし、七海の飼い猫であるならば放っておくわけにも行かず私は後を追いかけた。


黒い塊は物凄い速さで遥か私の前方を駆け抜けていき、追う私もどんどん七海の部屋から遠ざかっていく。


「お前そっちに行ったらライオンの餌に」


この学園内でペットを飼うのは禁止されている。見つかれば最悪保健所にでも連れていかれて毒殺か、ライオンや虎のエサになる可能性もある。
早く捕まえなければなるまい。


黒い塊は目的はさておきどうやらプールに向かっていたらしく、


「・・・タックル?クッテル?どっちでもいいから出てこーい」


夏休みということもあり生徒が使えるよう開放され、なおかつ不幸ながら鍵をしめ忘れていたそこに飛び込んで行ったきり、黒い塊は見えなくなった。躊躇なくそこに私も入り、薄暗い中をきょろきょろと見渡しながら黒い塊を探す。
確かにここに逃げ込んでいったのを目撃したのだが鳴き声のひとつも返ってこない。


「まさかプール・・・。」


嫌な予感がして、その場にポスターと箱を置き、私は透明な水が張られたプールに近づき、中を覗く。水着でないので入水は出来ないがいざとなれば飛び込む決意も同時に固めた。誰も入っていないはずなのに穏やかに波打っている水面にはいつのまにやら雨の止んだ空からガラスをすり抜けて差し込んでくる月の赤い光が映っており、まるで血を少し垂らしたような出来映えである。
猫は無事だろうか、そんなことを考えながら私は水面に指を伸ばす。


「レディ!」


あともう少しというところで肩を強い力で掴まれ、引き戻される。
尻餅をついてもなおぼんやりとしていた私は目を覚まし恐る恐る後方を見た。


ほっとしたような顔で私の肩に手を置いているオレンジの軟体動物がいる。


「何してんだ有害図書!!」


耐えるまもなく、私はオレンジの軟体動物を水中へ投げ入れた。オレンジの軟体動物はぬいぐるみのように宙を舞い、ぼちゃんと沈んでいく・・・と思いきやすぐに水面に上半身を出す。


「こっちの台詞だよ子羊ちゃん!」

「ちょっと待ってて」


見殺しにしたいところだが腐っても七海の友達だ。


緊急事態に備えていつでもプールの近くに設置されている浮き輪を手に取りタコに向けて投げる。タコは不思議そうにしつつもそれに掴まってプールサイドまで歩いてきた。


そういえばタコが案外長身であることを今頃思い出して私の目は死んだ。


「・・・水も滴る良い男ってところかな」


あがってきたタコが明るい色をした前髪を両手でオールバックにしているのを放置して私は再度プールに目をやる。


「無視かい?って、何を探しているのかな?」

「猫が落ちたかも」

「・・・・・・。」


電気がついて、天上の電灯に光が灯り室内を照らす。


「何もいないね」


ただの透明な水に戻ったプール内には猫の姿どころかほこりひとつなく、後ろにいるオレンジの軟体動物の発言に私は胸を撫でおろした。


「・・・ところで何で猫?」

「秘密」

「そうかい、なら仕方ないな」


物分かりの良いタコで助かった。プール内とその周辺を見渡す限り黒い塊らしきものはいないので暗闇に紛れてどこかへ逃げてしまったのかもしれない。そう勝手に諦めて私はポスターと箱を抱えて立ち上がった。


ついでにポケットからハンカチを引っ張り出し、後ろにいるタコの顔面に投げつけた。
お気に入りのハンカチだが今回ばかりは仕方ない。タコが濡れたのは私の責任である。


「洗って返して」

「返すついでにデート・・・。」


ハンカチで腕を拭きながら不思議なことをほざいているタコを残して、私は先にプールから退出した。


七海の部屋に向かう途中、何となく覗いた窓の向こうで真っ赤な満月がこちらを見ている。
昨日は深く考えなかったが何だか嫌な予感がする月だ。近日中に不幸が起こりそうな気がしてならない。


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