「こんにちは皆さん!」
四ノ宮那月。身長186センチのロマンティスト。半端なくでかいがウルトラマンではない。ヴィオラを持っていつもどおり、たんぽぽのような笑顔を湛えている。あの時のような眼光はない。神宮寺が彼を指差す。
「これは?」
「黄色い軟体動物」
「へえ」
やあシノミー、まず神宮寺が四ノ宮を迎えいれた。四ノ宮も四ノ宮で神宮寺に嬉しそうに笑い、次に私に目標を定める。
「名前ちゃん」
名前を呼ばれた時、どろどろのケーキを思い出した。雰囲気がもう違うからちゃんした四ノ宮那月なのだがどうしても憎き馬鹿野郎の言葉がちらつく。それに背が高いので本人は意図せずとも威圧感がある。
もちろん表には出さないが弱っている私の顔を四ノ宮は覗き込んできた。
「さっちゃんが酷いこと言って、ごめんね」
「・・・・・・。」
負けないように胸をはる。背が高いから何だと言うのだ。幼少時代を廃棄されたドーナッツで乗り越えた私に怖いものなんてない。
「そのさっちゃんとやらに今度お前の尻蹴飛ばすって伝えておいて」
次にあったら覚えておけ、宣戦布告である。学園長から七海を奪還する際に暴走しやがって全治するまでにかかった身体的な負担もまとめてお返しだ。
「名前ちゃん」
名誉挽回に燃える私に魔の手が伸びてきた。肩ごと四ノ宮の腕に包まれる。
「ぎゅー!!」
なんと抱擁された。いや抱擁なんて優しい単語では生温い、背骨を折るつもりか問いたくなる程しめつけられている。
「うわああああ那月!!」
「なんて命知らずな」
一十木が叫び、一ノ瀬は静かにコメントした。私が悪寒に全身を震わせて動かないのを良いことに四ノ宮は気が済むまでそのままでいた。
やっとこさ解放されたころには私は糸の切れた凧のように、地面に落ちてただくたばっていた。
「お前、私が・・・うっ」
この私がこんな状態になるとは。汗だくの背中を丸め、神に祈る。
「大丈夫私七海のことだけ考えろ大丈夫」
このままでは人間不信を引き起こしかねないので七海の笑顔を脳味噌の奥から引っ張り出してきて延々と反芻する。私の頭のなかで七海はガーベラのように花弁を先端まで伸ばして笑っている。七海の麗しさは世界を救うに違いない。
床で丸くなっている間に日向先生が帰宅した。
「どうしたんだお前」
黙ったままの私に日向先生は薬箱からバファリンを取り出して私の前に置いた。
「水と飲めよ」
「何と勘違いしてんですか」
何とか復活しバファリンを握りしめて立ち上がった私は身体中を駆け巡っていた寒気を追い出し、呼吸を整える。
「よし、大丈夫落ち着いた落ち着いた」
そして黄色い軟体動物の頭にバファリンを投げつけた。
「男が私に触るな!!」
「駄目ですよお、お薬投げちゃ」
「私ちゃんと説明しただろうが!!あんま接触しないで頂きたい何故なら私は投げるからって!!」
「あっ・・・忘れてました」
「ウゼー!!!」
「おら、もう茶番は終わったか?練習するぞ」
日向先生が冷静さを欠いている私から四ノ宮を引き離す。
ブース内に引きずられていく四ノ宮の後から軟体動物達はぞろぞろと続いていった。
人が増えても日向先生は変わらずSクラスの担任らしい的確な指示を彼らにしていた。その隣で今までの練習の成果に神宮寺と四ノ宮を追加したものを聴きつつ腕に顎をのせる。
「上手いものね」
「何かうかねー顔してんな」
私も機械に頼らず本物の楽器を演奏出来るように勉強しておけばよかった。そういうことは微塵も言わずに全く捕獲出来ないトルネロスを思い描いた。
「トルネロスが全然捕獲出来なくて」
「お前この前からずっとそれ追いかけてんのな」
「ええ」
「なんかあんだろ、あのゲーム、確かマスターボールか何か。使えよそれ」
「今使ったら後ですごいの出てきたときに困るでしょう」
「あーそうかい」
トルネロスに関してこれ以上は無駄であると、日向先生は判断したようだ。
「新商品」
話が変わっていつか飲んだ炭酸水の話題になる。
「あのピンクのサイダー、美味かったか?」
「あああれ」
私は素直に頷いた。
「美味しかった、聖川も美味しいって言ってた」
「ほー」
珍しいことを聞いたといわんばかりの声をあげ、先生は嬉しそうに笑ってみせた。
「また買ってきてやるよ」
たまに先生ではなくて、お兄さんのような顔をする人間である。
私も私で半笑いでDSを開いて、スイッチを押し上げた。
「嬉しいです」
「だから無表情で言うな」
「あいつまた10番道路かよ」
「ゲームをするな!」