日向先生はサタンの元に一旦戻った。無論私達との協力関係は続いているが彼にも仕事がある。日向先生がいなければ早乙女学園の経営がさらに悪化しかねない。
レコーディングルームから出ていく前に念のためアルトリコーダーを手渡せば日向先生は笑いながらそれを受け取り、廊下の向こうに消えていく。


日向先生がいなくても一ノ瀬が相当しっかりしていたお陰で楽譜の練習は滞りなく進んでいた。私と一十木だけだったらきっと駄目だっただろうなと考えながら昼食の準備をする。今日の昼食はチキンライスだ。


一ノ瀬と一十木が言い争いをしているのをBGMにご飯を盛ったてっぺんにHAYATOの顔面が印刷された旗をさす。これは七海の分だがやはりチキンライスは旗がないと始まらない。我ながら立派に直立している旗をしみじみと眺めていれば、


「名前ちゃん!」


慌ただしく七海がレコーディングルームにやってきた。
昼食を放置して七海に意識を向ける。息を切らしている彼女はレコーディングルーム内を見渡した後、肩を落とした。


「セシルさん、見てませんか?」


今日は見ていない。その旨を伝えたところ七海はいよいよ悲しそうな顔をした。七海によると今日は寝坊してしまいさっき目を覚まし部屋のどこを探しても愛島はいなかったそうだ。
きっと七海を気遣って一人で楽譜探しに行ってしまったのだと七海が顔を伏せる。

一十木はそんな七海の肩に手を置いた。


「俺!ついて」

「貴方が行ってどうするのですか、また洗脳されてお仕舞いですよ」


一ノ瀬に痛いところをつかれて一十木が黙りこむ。黙りこんだのは良かったが、何かを期待した目で私を見つめてくる。
何に期待しているのかはよく分かったが私はまた首を振った。


「私、って言いたいところだけど。私じゃ七海を守れない」


例えサタンに洗脳されないとしても、私には何も出来ないのだ。愛島と対峙した時のように魔法を使われておしまいである。
七海は一十木の手を肩からおろして、だいぶ無理のある笑顔を私達に披露した。


「ごめんね、練習中だったのに」


真っ赤な靴が外へ出る。


「いってきます」


いってらっしゃいとも言えず、口を閉じたままの私を七海が出ていった直後一ノ瀬と一十木が取り囲んだ。


「・・・あなたらしくない。どうしたんです?七海君の体操服を隠そうとしたクラスメートが泣いて土下座をするまで一輪車に乗ったまま地の果てまで追いかけ回したあなたがこんなことで七海君を突っぱねるなんて」

「そうだよ、七海の教科書隠そうとした子が泣いて土下座するまで竹馬しながら地の果てまで追いかけ回した苗字はどこに行っちゃったんだよ」

「さすがの私でも魔法には敵わないよ、今の私じゃ七海の足手まといになる」


一ノ瀬が一十木に言っていたことを引用してやれば彼らはそれ以上何も言わなかった。
静かになったことを良いことに、チキンライスを軟体動物二匹それぞれに手渡しモニターの電源をつける。いつもどおり、七海の現在地と彼女の見ている風景などが確認出来るようになった。


「でも発信器とかその他は健在なんだ」


何故か一十木は安心したようにそう言った。


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