「まだ途中だけど」
「あら」
寮にてぼーっとしていたら目の前に紙を差し出された。手に取る。五線譜の上にいくつかの音符が走っており、私がそれをじいっと見つめている内に私のパートナーである女の子はすでに機械に打ち込んでいたのか、曲を流し始めた。
「キラキラね」
「貴女のこと考えて作ってるからね、超自信作」
人工物の光が点滅しているような、単調な音が私の耳を揺さぶる。
「私」
アイドルは所詮人工物である。皆の可愛いお人形さんであるためどんなことがあっても反論は許されない。私はアイドルとはいっても自由な場所で生きてきた。だから今このように好き勝手をしているがもしもその好き勝手している自分が実は想定内の範囲で、このいかにもアイドル染みた曲が私を本当に体型していたら?急に不安になる。
私が名字名前でなく、虚像だったら。
黙っている私にパートナーは不思議そうな顔をした。
「何?」
「・・・何にもない」
なんとか意識を取り戻し、すぐに首を振る。最近嫌なことばかりだったから少しアイデンティティが揺れているのだろう。
「詞もそろそろ考えておかないとって思って」
自分の胸に楽譜を押し当てる。
夜、食堂で夕食を取る気がなかったので噂の購買へ訪れた。
カップラーメンや弁当、パンなどが豊富に揃っておりとんかつ弁当とメロンパンとお茶とメロンオレを購入してそこから退出した。
すっかり静かになった廊下と階段を経て屋上にあがる。
誰もいない屋上の空にはなんとか目を凝らさないと見えない小さな星が散っていて、藍色のなか寂しそうに下弦の月が浮かんでいる。その下に座り込んでとんかつ弁当達を隣に置き、携帯を制服のスカートから取り出した。
開いた画面には案の定着信が入っており、私は溜息をつきつつボタンを押し耳にあてる。
少し待った後、社長の声が聞こえた。舌打ちをうつ。
「何か用?」
私の第一声に社長は爆笑した。
「君から素敵な贈り物が届いたよ」
「あああれね、気に入ってくれた?」
「いい加減男の子に慣れてほしいと社員一同で」
「ピンクレディーが駄目って」
「あれは気を付けろって歌っているんだよ」
「変わらないじゃんそんなに」
「大体がね、男と女なんて下半身に何かぶら下がっているかぶら下がっていないかだけの違いで」
「今のセクハラとして訴えてもいい?」
「冗談だよ。それだけは勘弁してくれ私が悪かった。あっ、友達は出来た?」
しばらく黙った後、誰も見ていないのに私は頷いた。
「出来たよ、出来たに決まってるじゃない私を誰だと思ってんの?友達100人通り越して500人くらい」
そう言った瞬間後方で何かが盛大な音を立てた。
思わず携帯を耳から離し、振り向けば赤い髪の女の子と軟体動物が顔面を地面にへばりつけて転がっている。
見られた。そして聞かれた。悪いことは重なるというがそれにしてもこれは酷い。神はどうも私のことが死ぬ程嫌いらしい。
また爆笑しているらしい社長との電話を切ってポケットにしまい、夕食をしっかり握りしめて笑いを堪えるかのように肩を震わせて地面から起き上がらない馬鹿二人をスーパーサイヤ人になりかねん勢いで見下ろした。
「いつからいた」
「屋上鍵しまってたんだけど那月が抉じ開けたら君がすげーキャラに合ってないこと言ってた」
「抉じ開けてないですよぉ、少し引っぱったらパカッて」
「いやそれを抉じ開けたって言うのよ!!てかヤバい今ちょっとヤバい!」
「・・・・・・。」
本気で怒ると人は無口になり、相手にどんな手痛い報復をすべきか考える。ここでおもむろにメロンオレを開け彼奴達の耳に流すという拷問を思い付いたがもったいないのでやめた。
時間の無駄兼恥ずかしくて死にそうだったので彼らを見下ろすのをやめて何故か半壊しているドアへさっさと向かう。ドアの近くには黄色の軟体動物と青い軟体動物と七海春歌がぽつんと立っていた。
横を通り抜ける際に青い軟体動物があからさまにじっと見つめてくる。
「・・・何もしないよ、あんたがさわらない限り」
青い軟体動物にそう言って階段に足をかける。
「名字さん!」
リズム良く降りようとしたら七海春歌が私の名字を呼んだ。
心臓が馬鹿みたいに反応して騒ぎ始める。
期待なんてしてはいけないのに私は目を見開いて声のした方向に向いた。
「あの、一緒に・・・。」
青い軟体動物の後ろでがたがたと震えながらそんなことを言っている。
こっそり、靴のなかで足の指を丸めながら背を向けて私は階段を降りた。
夕食をどこで食べようか考えている割に何も握っていない方の手が震えている。