歩く度に伸ばした髪が揺れる。他校に比べて可愛い早乙女学園の制服は恐ろしい程私に似合っていて鏡の前に立った時に戦慄した。恐るべし私。己で己が怖い。さすが中身のない歌を顔面でカバーしているだけのことはある。捨てられたとはいえ両親には感謝せねばなるまい。ここまで愛らしいのにAクラスなどやはり頭が問題か。何が詰まっているのか私の頭には。ヨーグルトか。
入学式に向かう私を同じ制服を纏った他人がじっと見つめている。こそこそと耳と口を寄せあって会話する者もあればぽかんと口を開けているやつもいる。決して嫌ではない。活動休止を宣言したアイドルがのほほんと学校に通っているのだ。ことごとく低い自尊心を持ち上げてもらえるのは嬉しい。表には出さないが心のなかではもっと私を崇めろ奉れと両手を広げていた。アイドルなんて比較的ナルシーかとことん自分に厳しい人でなくては出来ないような気がする。


講堂にて通常の五千倍はテンションの高い学園長の式場挨拶に冷めた目線を送りちょっとくる場所を間違ったかと困りつつ、早速教室に向かった。


自分の席を確認して、即愛読書を開いた。食べられるきのこについて書かれた書物であるが大変ためになる。この学園は裏に山があるそうなのでちょうど良い。勉強に煮詰まったときにきのこ採集など素晴らしい。考えただけで涎が垂れそうだ。


「・・きのこ好きなんですか?」


クラスメイトが話しかけてきた。一瞬だけそちらに目を向けてすぐに真下に戻す。


「なかなか奥深いものでして」

「へー、なんだか変わった趣味ですね!話かわるけど彼がファンなんでサインください!!」

「はい」


別にこういうファンサービスは禁止されていないので快く引き受けた。快活そうな女の子の隣にはかちこちに固まって私をじっと見つめている男がいる。
サインを書き終わって手渡す際になんとなく目をあわせてみれば男は頬をぱっと桃色に染めた。


「お」


固そうな唇が縦に開く。


「応援してます!」


私は口角をあげた。


「ありがとう」

「どこが好きなの?」

「えっと歌が良いところとあと・・・。」


どこか不服そうに聞いている女の子にゆるゆると頬を溶かしながら男は答えた。


「かわいいところ」


女の子の片眉があがる。


「笑わないけどね。あっ、私もサインもらってもいいですか?」

「はい」


多分そんなに好かれていないだろうにサインにほいほいと応じてしまうあたり悲しきアイドルの性を感じた。小さな暴君の口から出る情報は案外あちこちに流れていくもので、ここで余計なことをして世間の批評を買うのは勘弁願いたい。
二人が去った後、一部を除いた集団が私に群がった。水中に住む大量の鯉にエサを投げるクソガキの気分を堪能していたら、


「はーい皆座ってー!!」


聞き覚えのある声に集団の顔を拐われる。

明るいピンクの長い髪を縦巻きにし、人懐っこい笑みを浮かべている。彼を愛さない人間はもはや人間ではないといわんばかりにきらきらとした輝きを放っている月宮林檎は、女装アイドル兼我がAクラスの担任である。


彼の登場にクラス中が沸き上がり、私は大人しく席についた。残念なことに今の私ではまだ彼には敵わない。いつ見ても憎たらしい程愛嬌を持った男である。
月宮林檎による校則などの説明を聞き(どうもこの学校は恋愛禁止らしい、すごい校則である)これからのことに思いを馳せる。友達はいらないとして、とにかく勉学に励むべきである。義務教育を受けていないのでその分の遅れを取り戻すのにもってこいだ。大きな図書館もあるようだし。


それにしてもまさかあんな豚以下の生活を送っていた私が学校に通えるようになるとは。神も粋なことをするものである。
勉学ついでに購買とやらでメロンパンの奪い合いでもしてやろうと決意していたら自己紹介がいつのまにやら始まっていた。妄想をやめて、顔をあげたそこでとんでもないものが私の視界に飛び込んできた。


「!!」


黄色の目が泳いでいる。白い肌はともかく、恥ずかしいのか頬を赤くして目を下に向けている。
今七海春歌ですと自己紹介をしている女生徒はまごうことなく、あの子だった。


心臓がどくんどくんと脈うって瞳が凝縮しながらもずっと彼女を見つめていた。私の寂しい妄想は打ち砕かれ、ようやく巡ってきた夢に思わず椅子から立ち上がって彼女を抱擁しそうになったがなんとか自制出来た。いきなり抱擁するなど変態を通り越して汚物に近い。我が理性の強靭さには感動した。断言するが胸中の嵐はともかく冒頭からここまで私は無表情を貫き通している。その勢いに乗って比較的真面目に私も自己紹介を終え、明日はパートナーを決めるわよと言いながら教室を出ていく月宮林檎と同時に席を立つ。
ここから見える七海春歌はもう何人かの男と一人の女の子に囲まれて困ったように笑っている。小さいときもなかなか可愛らしかったが今も非常に愛らしい。
人が寄り付くのもよくわかる。
夏の夜に薄く灯した明かりに小さな虫が飛んでくるように、私もどきどきとしながら彼女の席まで歩いていった。


「・・・あの」


友達なんていない。もちろん芸能界にも。同職はライバルであり、お互いが笑顔を交わしながら相手の次の動向を探っている。
もし七海春歌が私のことを覚えていて、私と話してくれてそこから関係が進んでいけば私は初めて友達を作ることになる。彼女は作曲コースだから私とパートナーになってくれるかもしれない。なんという夢だ。そんなことを考えただけで柄にもなく私は緊張した。体内から発生した熱は私の中身を荒らす。
七海春歌とその仲間達は一斉に私を見た。真っ赤になった私は七海春歌を前にして胸の前に手をあてて次の言葉を探している。私今まで頑張ってきたよ。貴女に会いたくて隣に立ちたくてあの時ありがとうって言いたくて色んな文字が私の頭のなかでぐるぐると回っている。


七海春歌がきょとんとしている間に赤い髪の女の子が私の肩に手を伸せた。(びっくりしたが女の子なので何も言わなかった)


「春歌、名字名前だよ!」

「え?」


クエスチョンマークの後、七海春歌はにこっと笑う。


「わかってるよ友ちゃん、さっき自己紹介で・・・。」

「まさかあんた知らないの?」

「え?」

「名字名前っていったらアイドル・・・。」


七海春歌はあからさまに動揺して、何故か頭を下げた。


「ご、ごめんなさい。私テレビあまり見なくて・・・。」

「マジで!?」


驚いている赤い髪の女の子の少し後ろで、私は衝撃に襲われていた。そうだ。あれだけ頑張っていてもテレビがなければ意味がない。そして何よりも。


七海春歌は昔、親切にしたぼろっちい女を覚えていない。


そりゃあ変わったかもしれない。あの時は汚すぎた。でも髪の色だって目の色だって、もし会えた時に少しはきっかけになればと一切変えなかった。でも七海春歌は私を何か手の届かないものでも見るように見つめてくる。


悲しいとふと思った。


私だけが盛り上がっている。私だけが感動の再会に感激している。私だけが胸を高鳴らせている。


手を胸からおろす。


「私のこと知らない?」

「ごめんなさい・・・。」


本来の意味としては伝わっていない。アイドルとしての私をご存知ないのかという意味に取られている。そう七海春歌の顔に書いている。その顔を見ていたらさらに体が重くなる。


「・・・ならいいや」


咲きかけていた花が散った。散った花弁は腐敗してゴミになる。


「なんだったんだろ」


彼女に背を向けて歩き出した私に赤い髪の子がそういった声が聞こえた。
立ち止まることなく廊下に出れば大衆の目が私に向けられる。


「名字さーん」

「名前ちゃん良ければ俺とパートナーを」

「馬鹿それは明日だって」


死んだ目の私は空っぽになった胸のなかを見なかったことにして目前で行われる陳腐なやり取りにアイドルスマイルを作った。



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