人間は汚ならしいものを意味もなく嫌うが美しいものにもまた同様に意味もなく好意を抱く。
数台のカメラが私を追いかけ、大量の観客が歌って踊る私をとろんとした目で追いかける。溶けたバターのような視線を掻い潜り最高の笑顔を振り撒きながら精一杯の歌詞を空間に投げた。どう観客に届いているかなんて知らない。

あの子の隣に立ちたいと思ってから早や数年、奇跡に奇跡が重なって私はそこそこ稼ぐアイドルになっていた。
彼女の家から遠ざかった後、とりあえず情報と金が必要であると考えを固めた私は早速他人の靴磨きから始めることに決めた。童話などて大抵の子供がやっているので私にも務まるに違いないと思ったのである。
運のいいことに洗濯物が落下したのか地面に落ちていた真白いハンカチを私は拾い上げ、早速捨てられていた段ボールを抱えて某駅前に陣取った。今まで他人というものは間違いなく石を投げてくるものだと思っていたが直接的な暴力をふるってくるやつなんてむしろ少数派で、普通の人間は何もなかった見なかったことにするのである。実際私と目があった人類はほとんど数秒以内に目を逸らした。
居座って数時間勇気を振り絞って声をかけようとしても誰も捕まらずいくらなんでも夢見すぎたかと反省していたら影がさした。


目の前にはスーツ姿の男性がいて私をじっと見つめている。
ようやく客かと期待し段ボールを彼の足元に置きハンカチを構えたところ彼は笑ってそっと私の手からハンカチを没収し、私の片手を握り締めた。そしてそのまま歩き出す。春の光にそっと微熱を帯びたアスファルトの上を裸足で歩きながら私は現状をあまり理解出来ていなかった。
無論これは私と、現在所属している事務所の社長との出会いである。


不幸ながら社長は私と遭遇する一月前に娘さんを亡くしており、私と同じ年齢であったためかどうも私に面影を重ねてしまったせいか思わず連れてきてしまったそうな。
ちゃんと風呂に入りきちんとした服を着た私が業界に売り出せるような姿でなければ一体どうするつもりだったのかはいまだに聞けていない。
社長がロリコンなのはともかく、良い事務所であった。私の願いを聞いた上で、親戚のように私を上から押しつけることもなく、のびのびとアイドルとして育ててくれた。私の仏頂面を生かした売り方も学が壊滅的に危ういのもなんとかカバーしてくれた。頭が悪いなら喋らなければいいとアドバイスをもらい、お陰様で今の私はミステリアスだ何だと好評だ。素晴らしい。不満なんてないむしろ感謝している。頭が悪いのは事実だし。欠点は隠すに限る。

今日の仕事を終えた後、私は楽屋である人と会っていた。
シャイニング事務所の社長である。何でも私の歌を聴いて是非私が欲しいと今の事務所に申し出てきたそうである。今の事務所は私を明け渡すことに多少不満を漏らしていたがシャイニング事務所と大きなパイプが出来るとなれば今後のことを考えて頷いておくことが得策であると考えたらしい。私は今の事務所に愛着はない。盛大な感謝はしているが私が目指しているのはとことん上、あの子に似合うような女性になることである。
上へ行けるなら上が良い。


シャイニング事務所の社長はうちに来れば給料を倍増する、ただし社長が直々に経営している学園を受験し合格してそこで勉強を積み重ね良い成績をおさめて卒業すること、もしそれが出来なかったらこの話はなかったことになり元の事務所に戻ることを条件として提示してきた。欲しいと言っている側が大変注文をつけてくるなどなんて非常識な人間だと思ったがそれほど自分の事務所に自信があるということだろう。
私は頷いた。
もっと大きくなって、彼女に見てもらう。私の目はカメラにもファンにも事務所にも向いていない。いつだってあの子があの子だけが私の光差す道となっていた。


雪の降る寒い朝、白くなった地面をブーツで踏みつけながら受験会場まで黙々と歩く。裸足で歩いていた頃とは違い先の丸い足跡が私の後ろに続いていた。
勉強はした。この日のためにわざわざ小学生の漢字ドリルを買い、深夜にそれを解いているときにはあまりのふがいなさに涙がこぼれかけた。何が悲しくてこんなことをしているのか。
一人で問題を解き一人で採点をして朝日を迎える。悲しいことに「八女」を「はちおんな」と読み間違えていた。自分の頭がさすがに心配になった。意味も八人の女ではなかった。豚だ私は。
過去を思い返しながら私は鼻水を啜る。辛かった、精神的に。だがもう大丈夫である。
そうこうしている内に早乙女学園受験会場に着いて、私はその学園の大きな門を目の当たりにした。


冷たい鉄で出来た厳かな柵を静かに睨み付ける。


落ちる気は全くない。
白い雪が溶けて私のブーツに小さな丸を描いた。

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