何となく気持ち悪くて、目を覚ました。
「あっ起きた」
「おはようレディ」
「行き倒れみてーにぶっ倒れてるから何があったのかと」
「この学園で行き倒れはまずないでしょう」
「まあ確かに」
そんな会話が次に聞こえていて、私はゆるゆると上半身を起こす。いつのまにやら寝ていたようだ。なにやらとても悲しい夢を見たような気がするがおおよそ気のせいだろう。
「おや顔が青いよ」
とん、と頬に手を添えられる。ようやくしっかりしてきた目線を手の先に動かせばいつかのオレンジ色の軟体動物がいた。
背筋を虫のようなものが這い回り、咄嗟に机の上にぞんざいに置いておいた本を手に取って軟体動物の腕に振り落とそうとした。
が、
「公共物を乱暴に扱わないでください」
冷静に軟体動物Bにそう言われて、寸前で止める。
「・・・暇ならあっちに行って」
「私今猛烈にだるいから」
寝ていたはずなのに猛烈に疲れている。それに黒猫もいない。どうも神出鬼没なやつである。
もしかすれば、私の死期を告げにきた死神なのかもしれないと妄想しながら真下の紙に顔をつけた。
紙特有の何ともいえない匂いがする。
「体調が悪いなら俺が愛の」
オレンジの軟体動物の声と、手が後頭部にのせられる。
今度こそ私はしっかりとシャーペンを握りしめ、軟体動物の存在しているであろう方向に投げつけた。
シャーペンが風を切り、固いものに突き刺さる音がする。
「冗談だって冗談、気の強いお姫様だこと」
「おいレン!!あいつが投げたシャーペン壁に垂直に刺さってんぞ!!」
「強い殺意が感じられますね」
どうやら軟体動物でなく、壁に刺さったようだ。また弁償である。私はさらに強く紙に顔面をめり込ませた。
軟体動物はまだ消えていないのかなにやら生暖かい視線が私の頭に降り注いでいる。
「・・・まあ元気そうだから。俺たちは退散するよ」
早くそうしてくれ、私は神に祈った。
「レディ課題が終わったらデートでもしようか」
「うるさいタコ」
「はははこれはこれで新鮮だ」
こちらは不愉快であるとは口に出さず、黙って頭を抱えた。これ以上触られたら多分便器とまた親友になる羽目となる。
「・・・お前しっかり食えよ」
「公共物を投げずにアレを殺害しようとしたあたりは称賛に値します、精進してください」
オレンジの軟体動物が笑っているらしい声に混じってシャーペンが近くに戻ってきた音がした。
どうも軟体動物Bが引っこ抜いてきてくれたらしい。無駄に親切な生き物である。
「面識のない私にわざわざ馴れ馴れしくしてくださって大変ありがたいこと」
オレンジの軟体動物以外は知らない上に恐らく初対面だ。それを見越して私が嫌みを言えば何故か一瞬静まり返り、誰かが動く。
「お前聖川の友達じゃねーの?」
「あの軟体動物が何?」
「お前のこと悪いやつじゃないって」
最悪である。私の失態がどうやらとんでもないケースを産んでしまったようだ。私は深く溜息をついた。
「勘違いよ」
あの青い軟体動物めいつか覚えていろと天に誓い、目を閉じる。あんまりべらべら喋るようだったら針と糸の購入も考えなくてはならない。
軟体動物三人組はまだ動かないまま私を見守っている。
「・・・何て言ったらいいのかわかんねーけどさ」
「まあ君がそう言うのならそうなんでしょうね」
「トキヤお前!人が折角フォローしようとしたのに!!!」
「早くしないと授業が始まりますよ」
「うわっもうそんな時間!?」
「じゃあねレディ、睡眠不足には唐辛子が適任だよ」
嵐が通り過ぎる際の騒音の後、ようやく静かな時間が帰ってきた。
無音で耳を癒しながら私はぼそりと呟く。
「死ねタコ」
もう少しだけぐったりしたら、課題に取りかかろう。私は腕に頭を寄せた。
ツッコみ損ねたが睡眠不足に唐辛子が適任なんて初耳だ。