結局昨日の夜、パートナーは部屋に戻ってこなかった。教室での一件もあるし、別に謝る気も悪いことをしたなど思うことはなく、むしろお互い様だと私はベッドの上で胸をむんと張った。しかしそこから全く睡眠欲が沸いてこず、一晩眠らないまま窓に差し込む朝の光をしっかり迎えることになる。

一晩寝ない程度で人は死なないし、元々健康体なので貧血なんて起こすこともなく、とりあえず昼まで部屋内でごろごろ過ごした後私は制服に身を包み購買へ悠々と向かった。焼きたてのパンの隣を通りすぎて、ポケモンパンを5つ購入し、廊下を堂々と歩く。ちなみに今日教室に行く気は全くない。気分が乗らない。


今日の朝食兼昼食ははツタージャなる生き物がどんとパッケージに表示されたいちごの蒸しパンだ。
子供の食べ物だと人は笑うがこれが意外と美味い。私は好きだ。ついでに何歳になってもあのおまけのシールにてどんなポケモンが出てくるのか楽しみで仕方ない。151匹から先は知らないが、すっかり現代に合わせてスリムになったピカチュウや貝を持ったポケモンを見る度に時代の流れを感じる。


ぼーっとポケモンパンについて考えながら歩いていたら目の前に真っ黒な猫がいきなり現れる。唐突な出現に驚いて危うく踏みつけそうになりつつもなんとか避けようと少し足をずらしたら猫が煙のように消えた。とんでもない現象に頭が凍る、凍った頭とうまく機能出来ずに猫がいたはずの場所を見つめたままの私を待っていたかのように災いが大きく口を開けた。しっかり踏みしめる予定だった床にてつるんと足を滑らせる。


「あ」


こける。そう察知したが、素晴らしいタイミングで後ろから腹部に片腕が回される。腕によって前のめりになりつつもなんとかそこで動きは塞き止められた。
見事こけてポケモンパンを撒き散らすこともなくきちんと地面に両足をまずついた私は後方の救世主に礼を言うべく振り返る。


そこには青い軟体動物が地雷を踏んだと言わんばかりの顔をして立っていた。
今日のことを通り越して昨日のことが鮮明に甦り、ゴールテープを手刀で叩き切るかの如く、ぶちっと何かが切れる音が脳内でした。


「男が」


言い終わる前に拳が青い軟体動物の顔面を襲っている。彼の顔面の中央部に決まったのか、


「ッ!!」


痛そうに軟体動物が小さく声を漏らし、拳を離せば軟体動物の鼻腔から赤い血が垂れる。
その様子にさすがにやり過ぎたかもしれないと一瞬だけ考えたが今更謝れるわけもなく、私は静観に徹した。


「これでおあいこね」

「確かに」


青い軟体動物はそう答えつつハンカチで鼻を押さえる。


「・・・助けてくれたことに対しては感謝してる」

「でもあんまり近づかないで」


事故とはいえ毎回吐かなければならないこちらの身にもなれ。
その言葉は飲み込んで私は現場を後にすることにした。加害者は私だが鼻血程度なら保健室まで連れていかなくても大丈夫だろう。
一歩踏み出した際、青い軟体動物が制止の声をあげる。何か文句でもあるのだろうか。私は全身で不快感をアピールしながら彼の顔を見た。
青い軟体動物は何でか心配そうな顔をして私を見下ろしている。


「・・・ひとつ質問をしてもいいか?」

「いいよ」

「男に何か嫌なことを」

「昔親戚の子にことごとくいじめられてたの」


男との会話は出来るだけ手短に済ましたい。大概よく聞かれる質問なのでお決まりの解答を返す。


「それ以来拒否反応がすごくて」

「大したことじゃないから心配しないで」


本当に大したことではない。たまたま親戚の子供が男で、すこぶる意地が悪くそこから苦手意識を作ってしまっただけだ。性的暴行なんてもちろんされていない。ただ両親の悪口や、一足しかない靴にいっぱいミミズを詰められたりその程度のことをたくさんされただけである。


「てか私の心配するより七海春歌のこと気にかけてよ」


きっと今頃私のことを考えて怖がって、クラスメイトの暴言に傷ついて動けなくなっているだろうから。


「私じゃ駄目なんだから」


七海春歌の友達で、男で、私なんかに気を使える暇があるのならそれは是非七海春歌のために使ってほしい。七海春歌がこのままピアノを弾けないまま終わってしまうのは3万人のチャラい男に囲まれるのよりも辛い。
青い軟体動物は意外そうに目を見開いた。


「七海のことが嫌いじゃなかったのか?」

「嫌いだったら関わろうとしないよ」

「・・・・・・。」


無言の重圧に我が顔面に思わず半笑いが浮かんでくる。


「いや確かに積極的には関わろうとしてないけど」

「友達にはなりたかった」


友達という単語に心臓が痛みを主張した。もし私に七海春歌の隣に立つ権利があれば七海春歌を傷つける輩はもれなく全員全裸に剥いて清水の舞台から放り投げてやるところだが肝心の七海春歌が私を怖がっているので迂闊に近づけない。
こんなに好きなのになあと心のなかで呟けば左脳が嘲笑した。


「私にもう少し余裕があれば・・・って」


何をしているのか私は。じっと話を聞いてくれていたらしい青い軟体動物を睨み付ける。


「何でお前にこんな話してんの?」

「いや気にするな」

「気にするよ、お前にこんな話したくないもの。あっち行って、私パン食べに行くんだから」

「俺も食堂にて皆が待っていてな、鯛焼きを人数分買ってきた」


ずっと胸に抱いていたらしい紙袋を青い軟体動物は私の前で揺らす。
ふわりとじっくり焼けたものから生じる甘い香りが散乱した。


「道理でなんか甘い匂いがすると思えば」

「俺の分でよければ」


その言葉にそっぽを向いて、今度こそ歩きだす。


「喋んな軟体動物」



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