利口な奴は恋などしない。煮えたぎったお湯に飛び込んだところで熱い熱いと喚いて暴れるだけであり、命からがら抜け出してみてすっかり真っ赤になった指先を見つめようとも何も残っていないからである。火傷するだけなのに私、その他アイドル、または歌手達は揃いも揃って一年中恋しようぜだの愛しあおうぜだの歌っている。
「好きって何だっけ」
馬鹿な奴は溺れる。湯だろうがなんだろうが、脳裏にめざせポケモンマスターを流しながらそれ愛する人のためならばどこまでもと飛び込んであがってこれなくなる。ぬるいお湯のなかでこぽこぽと小さな泡を吐き出しながら上を見上げている馬鹿、それが現在の私の姿だと思う。
阿呆丸出しの呟きと、茫然とした目のなかに私のパートナーが入ってくる。
「何いきなり」
彼女の質問に仏像の如く黙りベッドに寝転んでいる私に呆れたのかパートナーは柔らかそうな自身の髪を片手で掻き乱し、そっけなく言い放つ。
「ドキドキするとかじゃないの?」
ドキドキしたら恋となる。
「私この前吐いた時にすごいドキドキしたけどあれが恋?」
「・・・・・・。」
パートナーは不愉快だと言わんばかりに眉をひそめた。
「ネットで調べたら?」
私に背を向けて洗濯物を箱に詰め出す彼女。
その姿を眺めながら私はようやく口を開いた。
「ねえ、」
「私のこと嫌い?」
ブラジャーを持ったまま停止する。
しかしそれも数秒のことでパートナーはすぐ丸めたブラジャーをぎゅっと箱に押し込んだ。
「別に」
「そう」
「まああんた見てると苛々するけどね」
頭の下にある枕に体重をかける。目を閉じて、彼女の声に耳を傾ける。
「顔だけで売れてるって感じ」
「性格悪いし」
「変だし」
「笑わないし」
「歌だって別に大したもの歌ってないし」
「正直あんたみたいな恵まれて楽してるアイドル大嫌いかな」
本音だと思った。嘘でも冗談でもない、私に対する素直な感情だった。
男に触られたときとは違う嫌な圧迫感が私を襲う。
目を開けてそっとパートナーの背中を見つめた。
「・・・彼?」
「は」
「彼も関係してるの?」
彼というのは入学式の時に私のファンだと公言した男のことである。今考えてみたらあの時から彼女はなかなか私に攻撃的であった。
完全に思い返す前に、我が顔面に投げつけられた箱がめり込む。
「うるさい無神経!!!」
そう言い放った後、パートナーは新幹線の如き速さで部屋を飛び出して行った。箱からこぼれた彼女の下着類が私が身体を起こすのに合わせてぼとぼとと私から落下していく。
「・・・私と同じだ」
恋に落ちると人は酷く自分というものの憎たらしさと不甲斐なさと不完全さを実感する。
馬鹿みたいに舞い上がりつつ利口な振りをして遠くから彼女を見つめて、思いっきり火傷をする。指先をじわじわと燃やしていく火はいつか私ごと焼き尽くして真っ黒な灰を残す。
今の私とパートナーはお互いに別の方向を見つめながら愛すべき人類とその近くにいる人間に壮大な嫉妬心を抱いている。