クロト・ブエルとベランダでアイスを食べる
※現パロ
「冷蔵庫のなかで食った方がまし」とクロトはうめいた。赤いタンクトップが夜に染まり、鮮やかな色を失っている。手に持ったソフトクリームがベランダに浮かび上がってるみたいで、ちょっとおもしろい。
私は冷たいチアパックを揉みしだき、中のアイスが食べごろになるのを待った。ベランダは蒸し暑いとはいえ、所詮は室外だった。かといって、空調の止まった部屋に戻りたいとも思えない。
「エアコンの業者さん、明日は来てくれるって?」
「明後日だよ、明後日。なんで梅雨明けと同時に壊れるかなあ」
文句を垂れながら、クロトの舌がとろけたアイスをなめる。コンビニやスーパーで売っているような、やわらかいコーンにもこもこと丸みを帯びたアイスが乗ったソフトクリーム。おいしい? と訊ねると、クロトのとがった喉が上下した。
「ガキの頃はこのコーンにがっかりしてたけどさ、今は悪くないかも」
「昔はワッフルコーンの方が好きだった?」
「そういうこと。今はもう、食えればなんでもいいよ」
クロトはもう一口アイスをかじり、コーンを包むプラスチック容器をぼんやり見つめる。なんてことはない、どこにでもある日常のワンシーンだった。にもかかわらず、私の目頭は熱を持ちはじめる。口からこぼれ落ちた言葉は日常を踏み外す。
「小さい頃の記憶がちゃんとあるんだね」
「はあ? あるに決まってるでしょ」
彼の返答が嬉しくてたまらなかった。どうして嬉しいのか私自身にもよく分からない。嬉しくて、なぜだか心の底から安堵する。
「変なの。お前は昔の記憶、ないのかよ」
「あるよ。ベランダでふざけてたら柵から落ちそうになって、親にしこたま怒られた」
「だっせー」
クロトは私を指差してけらけら笑った。笑ってないで心配のひとつくらいしてほしい。私はクロトの肩に自分の身体を寄せ、彼の手首を掴んだ。無風の夜陰に息を詰める音が鳴る。
そのままクロトのソフトクリームにかじりつくと、目を見開いた彼は住宅街中に響き渡る声量で「お前!」と叫んだ。うるさい。
2023.05.03
SSお題ガチャ「真夏のベランダでアイスを食べる」
真夏じゃなくなってしまった
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