高波で揺れる階段をやっとの思いで登りきると、頭蓋の中に鉛を詰め込んだかのような重苦しさに襲われた。艦内と違い、誰かの怒鳴り声の代わりに涼やかな波しぶきの音が聞こえるのは幸いだけれど、デッキに絶え間なく響くエンジン音が耳障りだ。酔い止め薬の在庫が数少ないからといって、乗り物酔いに効くツボなんかに頼りきるんじゃなかった。新鮮な空気を吸い込むだけでいくらかましになるけれど、ひどい嵐の日に船酔いが起きたら、あるいはデッキに出る余裕すらないくらい忙しい日は、一体どうすればいいのだろう。
日没前の薄暗い空を見上げると、鈍色の雲が夕焼けに覆いかぶさり、風が吹く方へ川のように流れていた。心なしか雷鳴も聞こえるような気がする。一刻も早く兵舎に戻りたかったけれど、こんな天気の日にわざわざ好き好んでデッキに出たがる人がいるのだから、このまま引き返すことはできない。私はその人を、雨が降る前に「回収」しなければならなかった。
私は額に浮かんだ汗をハンカチで拭い、あたりを見渡した。デッキの船尾側に、その人はぽつんと佇んでいた。面識はないけれど、事前に上官から写真を共有してもらっていたので、冷ややかな風に吹かれる後ろ姿を見ただけで彼だと分かった。オーバーサイズのジャケットを身にまとい、あちこちが裂けたジーンズを履いた、浅緑色のくせ毛が美しい少年だった。姉がくれたお下がりのファッション雑誌に、こんな感じのバンドマンたちがモデルとして載っていたことを思い出す。気だるげな表情が妙につややかで、彼らの音楽を一曲も聴いたことがないのに、まだ幼い胸をばかみたいにときめかせていた。今となってはくだらない思い出だけれど、あの人の写真を目にしたときに、子どものころの淡いときめきが久しぶりによみがえってきたのだった。
シャニ・アンドラスは組んだ両腕を手すりに乗せ、耳にイヤホンをはめて音楽を聴いていた。穴ぼこだらけのダメージジーンズから、白い包帯が覗いている。右の太ももをぐるりと一周するその包帯の下に、決して浅くない傷が刻まれているらしい。上官の話では、彼ら生体CPUは特殊な薬物を定期的に服用しなければ激しい禁断症状に陥り、やがて死んでしまうのだそうだ。あの人は地獄のような苦しみから逃れるべく医務室じゅうの瓶を力任せに叩き割り、その鋭利な破片を自らの脚に突き刺した。額の前に掲げた破片を、ためらうことなくまっすぐに振り下ろしたそうだ。ラボの研究員や衛生兵たちが止めに入ったおかげでシャニ・アンドラスの逃避行は未遂に終わったものの、生体CPU用の医務室からは物が続々と消えた。ピンセットやメスは先端がずいぶん尖っているし、包帯などは錯乱した彼らが首に巻いてしまうかもしれない。手塩にかけて作り上げた生体CPUを、こんな理由で失うわけにはいかない――たぶん、こんな感じのことを言っていた。
私は彼の自傷行為に深く共感する。だって、底の知れない痛みを抱えたままかろうじて生きている状態なんて、針でできた高山の上を裸足で歩いているようで恐ろしいから。常に真新しい傷をこさえ、かさぶたを引き剥がされ続けるくらいなら、私は永久に目を閉じてしまいたい。まぶたを閉じ、砂嵐のような粒にまみれた視界を確認し、また目を開く。むなしいことに、私はまだ生きていた。
音楽を大音量で聴いているらしく、彼のイヤホンからはシャカシャカと軽い音が漏れている。どうせ聞こえないだろうと思い、私はシャニに挨拶することをやめ、「なにを見ているの」と斜め後ろから声をかけた。どんな叱責よりも、挨拶を無視されるのがいちばん堪えるということを、入隊してからの日々でいやというほど知ったからだ。
声が届いていなかったら、次はどのような手段に出ればいいのだろう、と考え込んだのもつかの間、彼はイヤホンを片耳だけ外し、こちらを振り返った。左目が前髪で隠れているせいで、彼がどんな表情を浮かべながら私の見たのかは分からない。彼はゆるやかに指を上げ、「雷」と簡潔に答えた。
シャニが指し示した方へ目をやると、東の空の地平線付近に、墨を流したような雲が広がっている。黒雲の輪郭を縁取るように雷が明滅している。小さく聞こえていた雷鳴は、あの雷雲のしわざだったらしい。彼はたったひとりでデッキに佇み、あの遠雷をずっと眺めていたのだ。
「早くこっちに来ないかな、って」
シャニは待ちきれないとでも言うように唇をゆがめた。挨拶をせずに雑談から会話を始めたことを、私は少しだけ悔やんだ。あいにく、シャニと違って雷はきらいだった。
あんなに熱心に見つめていたはずの雷雲に背を向けると、彼は私に「で、お前誰」と無遠慮に訊ねた。隠れていない方の瞳は曇り空にさらされて影がかかっていたけれど、怖気づく私を矢で射抜くように鋭く見つめている。
「ナマエ・ミョウジ。あなたの見張り役」
短く返答すると、シャニは小さく吹き出した。
「俺がここから逃げ出すって思ってる?」彼は背後に広がる灰色の大海原に視線を向けた。そして、自嘲気味に吐き捨てる。「薬なしじゃ生きていけねえのにさ、ばかみてえだな」
シャニの言うとおり、薬という強固な鎖でつながれた彼らが艦から逃げ出すなんて、おそらく誰も想定していない。副作用の監視ならラボの研究員にやらせればいいものを、なぜ新入りの私が任命されたのだろう。上官から任務の説明を受けたときにも疑問に思ったけれど、自分の置かれた立場の弱さを思うと、結局質問できなかった。
「知らない。私だって、好きでこんなことしてるわけじゃないんだから」
半ば八つ当たりのように言い捨てると、自分の力だけはどうすることもできないもどかしさが悔しくて、鼻の奥がつんと痛んだ。彼は吹き出したときと同じ薄笑いを浮かべ、不敵に腕を組んだ。
「ふーん、そんなんで俺の見張りなんかできるの?」
私は緊張で震える足を一歩踏み出し、なるべく大きな声で「務まらないと困る」と言った。海風はいつの間にか甲高い音を立てる強風に変化していて、声を張らないと片耳で音楽を聴く彼に届かない。真意は違うけれど、そう思い込んでいたい。不安に駆られた私は徐々に声が大きくなっていった。
「他に行くところもないから、でしょ」
雷の話をしたときと変わらないトーンを保ったまま、シャニが静かに指摘する。彼の表情に、あの薄笑いはもう張り付いていなかった。この人もきっとここしか居場所がない。そう気づいたとき、私はたどたどしい口調で話し始めていた。
「家族が戦闘に巻き込まれて、それで」
初対面の、しかも監視対象の人間になぜそんな話をしてしまったのだろう。強いて言うのなら、この人になら息の詰まりそうな孤独感を理解してもらえるかもしれないという、甘すぎる期待だった。
それで、わたし、と言葉に詰まってしまう。私は別に、コーディネイターに特段恨みがあるわけではなかった。混戦を極めたあの戦闘は街のあちこちを破壊し、逃げ惑う人たちを巻き添えにした。私たちはどちらの攻撃に巻き込まれてもおかしくない状態だった。それでも、家族を一瞬にして失った私に手を差し伸べ、居場所を用意してくれたのは連合の軍服をまとった人たちだった。
「じゃあ、死にぞこないってわけか」
くもりのない声が重たい頭に降り注いだ。けれども、飴玉のように軽やかなのは声色だけだった。シャニは私の甘い期待をたやすく引き裂き、最も聞きたくない言葉をナイフのように尖らせて容赦なく突き刺してくる。悪い冗談かと思ったけれど、いたって落ち着いた表情を浮かべる彼は、腕を組むのをやめ、片耳につけていたイヤホンを外した。殺すのは得意だよ、俺、と彼は物騒なことを言う。ひときわ大きな波が船縁に打ち付け、砕けた波しぶきが吹き荒れる風に翻弄される私たちの髪を湿らせた。
シャニ・アンドラスが私の方を見た。つまらないものを見るときのような一瞥ではなかった。破壊がもたらす非人道的な快楽の中でしか生きていけないように作られたその人は、すみれの花のような瞳をかげらせているのに、どこか爛々と輝いている。私はその蠱惑的なまなざしをまともに受け取ってしまった。彼の手で生涯を終えることは、どんなデートの誘いよりも魅力的に思えた。彼の個人データのほとんどは削除されていて、データベースを確認しても身長と体重、写真くらいしか残っていなかった。上官は私にこう忠告した。年齢が近いからといって、シャニ・アンドラスと仲良くなろうと思わないほうがいい、近づきすぎてもいけないし、遠ざかりすぎてもいけない。なぜなら、彼は人であって人じゃない。パーツなんだよ。
忠告を頭の端に追いやり、お願い、と懇願しようとしたそのとき、デッキにふたり分の足音が近づいてくるのが分かった。階段から姿を現したのは、シャニと同じように生体CPUとして配属されているオルガ・サブナックとクロト・ブエルだった。
「ここにいたのかよ。今からメンテナンスすんだってさ」
「どっちの」とシャニが眠そうに訊ねると、呆れたクロト・ブエルが「僕たちのだよ」と不機嫌そうに答えた。
「おい、ぐずぐずすんなよ。遅れるとおっさんたちにめんどくせえこと言われんぞ」
オルガ・サブナックが強風に負けじと大声を上げる。手すりから離れたシャニは、もう私の方も雷雲も見ていなかった。ふたりの後に続くシャニの背中を、私はただ呆然と見送った。雷鳴がすぐそこに迫ってから、私はようやく自分の任務を思い出し、慌てて医務室へ向かったのだった。
シャニ・アンドラスの見張りは退屈そのものだった。それに、艦でのざらついた生活はひとりぼっちの人生の縮図であることを、ひしひしと感じる。
最初の数日間は、やる気の感じられない彼の背中を見るたびに胸がどくどくと弾んでいた。遠雷が響く夕暮れのデッキを何度も思い返した。彼の近くにいれば、あの日の続きが自動的に始まるような気がしていた。
朝早くに彼の部屋まで迎えに行き、きちんと薬を服用しているか、決められた量の食事をしているか食堂で確認し、実戦訓練が終わればまた迎えに行き、兵舎の部屋まで送り届ける。シャニは口調こそ攻撃的ではあったけれど、機体の外では基本的におとなしかった。私を死にぞこないと呼んだシャニはどこか遠くに行ってしまった。
上官の話の通り、初めて見る生体CPUの医務室はがらんどうだった。数人分のベッドを残し、ありとあらゆる医療器具が取り払われている。彼らは自分自身の魂を救い出す道具を失った。普段携帯しているナイフや銃すらも医務室では取り上げられてしまう彼らは、悪夢のような苦しみをただただ受け止めるしかないのだ。
生きることって、全然楽しくないと思う。それが、意味もなく生存するために連合軍へ転がり込んだ私の感想だった。けれども、生き残った人間は前を向いて明るく生きていかないといけないらしい。私を助けてくれた大人がそう言って励ましてくれた。正直、いまだにぴんと来なかった。今の私は目隠しをしたままぐるぐると回っている状態にあり、どこが前でどこが後ろなのか判然としない。
あまりに過酷な苦しみを背負うシャニのことを、私は勝手にかわいそうなやつだと思っていたけれど、彼は彼なりに楽しく生きているようだった。コクピットの中で命綱の薬が切れ、呼吸を荒げてもがき苦しんだことも、殺風景な医務室に閉じ込められて死にかけたことすらも、私の目に映るシャニ・アンドラスはあまり関心がないように見える。
重い禁断症状の発作を起こした翌朝、シャニはいつまで経っても起きてこなかった。部屋のドアをいくらノックしても、彼がいるはずの向こう側は物音ひとつしない。昨日のシャニは本当に具合が悪そうだった。少量の投薬でどこまで戦闘を続けられるか実験したあと、例の医務室に閉じ込められ、意識を失う寸前まで経過観察が行われた。ラボからやってきた研究員の言い分はこうだった。激戦地という不安定な環境下で、正しい投薬が定期的に行えるとは限らない。
戦闘実験を終えたシャニは医務室の冷たい床に倒れ込み、絹のようにやわらかい声を痛々しく歪めながら泣いていた。ほかのふたりも、痛みで強張った身体を痙攣させたり、拳に血が滲むまで壁を叩き続ける。目をそむけたくなるくらいひどい有様だった。私はその光景を、ガラス張りの部屋から見下ろしていた。シャニを見張っていた。生体CPUの運用方法を知って絶句した際に、だからね、彼らは部品なんだよ、と上官に諭されたことを思い出す。上官のその瞳がまるで濁ったガラスのようだったことも。シャニは太陽が昇っている間に回復できず、夕食をとらずに治療を受けた。居住区に戻ったのは深夜だったという。私は夕食を無理やり平らげたあと、みんなが食堂で談笑している間にシャワールームのトイレで何度か吐き戻した。
冷たくなった手でドアをもう一度ノックをすると、部屋の奥から衣擦れの音が聞こえた。聞き逃してしまいそうなその音が確かに耳へ届いた瞬間、私は背中に冷や汗をかいていたことや、膝や手が小刻みに震えていたこと、安心して泣きそうになっていることに気がついたのだった。食堂へかんたんな朝食を取りに行き、急いで彼の部屋に戻る。何度目か分からないノックをすると、ようやく起きた彼はアイマスクを額にずり上げ、ドアの前で息を切らす私を寝ぼけ眼で迎えた。
「襲撃でもされたの」
「されてない、よかった、死んでたらどうしようかと思った」
「死ぬって、誰が」
「シャニが。だって、全然返事がないから」
「なにそれ。大げさすぎ」
シャニはのんびりとあくびをし、「お腹すいた」とつぶやくと室内へ引っ込んでしまった。おそるおそる部屋の内部へ足を踏み入れる。まず視界に飛び込んできたものは、レールから半分ほど外れ、お化けのようにだらりと垂れ下がったカーテンだった。私室は監視の対象外だったため、彼の部屋に立ち入るのは初めてのことだった。もっと散らかっているだろうと思っていたけれど、例のカーテンと、ジャケットと脱いだばかりのインナーが床に転がっているくらいで、あとは不自然なほど片付いている。物が異様に少ないせいで、散らかしようがないのかもしれない。
シャニはベッドの縁に腰掛け、私の手にあるトレーに視線をやった。物欲しそうなまなざしを向けられると、不安とはまた別の種類の緊張が全身を駆け抜ける。私は簡素な朝食が載ったトレーをベッドの上に置いた。トレーを挟んでシャニの隣に座ると、くしゃくしゃに丸まった毛布がまだほのかに温かく、なんだか居心地が悪かった。
お腹をすかせたシャニは、食前の薬を飲み、栄養補助されたぱさぱさのパンをかじった。私も水分の抜けたパンを一口かじり、野菜ジュースで流し込む。斜めがけのカーテンで飾り付けられた窓から、澄んだ青空を優雅に飛び回る海鳥の姿が見えた。昨日の――それどころか、今までの出来事が全部たちの悪い冗談のように感じられた。
味気ない食事を済ませたあと、私は意を決して彼に話しかけた。
「身体はもう大丈夫なの」
「身体?」
「昨日さ、具合悪くなっちゃったでしょ。だから、もしかして今日もつらいのかなって思って」
「ああ、そうだっけ。今日は普通に寝坊しただけ」
こともなげに言うと、シャニは食後の薬を水で流し込む。オレンジ色のタンクトップから伸びる腕には、点滴の痕が生々しく残っていた。昨日は医務室の床をかきむしりながらうめき声を上げ、力なく泣いていたにもかかわらず、彼の中でそれらは取るに足らない出来事だった。
「シャニはつらくないの」
あんなふうに、と言いかけたけれど、その言葉の続きを紡ぐことはできなかった。唇を結ぶと、彼は私と交代するように血の気のない唇を開く。
「俺がつらそうに見えんの? お前よりは楽しんでるよ」
覚悟というには軽すぎるし、ジョークにしては重すぎる。生死を分ける覚悟も冗談を言うユーモアもない私は、「そう、かもしれないね」と返すのが精一杯だった。
なにを思ったのか、シャニは突然「お前って戦えんの」と私に訊ねてきた。ためらいながら首を横に振る。少し前まで平凡な学生生活を送っていた人間が、軍隊に来たからといって急に戦えるはずがない。
彼は枕元から音楽プレーヤーを取り出し、綿のようにやわらかな髪をかき分け、耳にイヤホンを装着した。そして、なんの気まぐれか知らないけれど、イヤホンの片方を私の耳にねじ込んだ。シャニの指が耳たぶをかすめ、何事もなかったかのように離れていく。片方の鼓膜を震わせたのは大音量のデスメタルだった。何重にも驚いたせいで上半身が情けなく跳ねる。
「弱いってかわいそうだな。全然楽しくなさそう」
シャニと面した耳はイヤホンで塞がれていたけれど、反対側の耳は彼の哀れみをはっきりと聞き取った。
シャニ・アンドラスにかわいそうだと言われた。最初こそ心外だと苛立ちを覚えた。けれど、いつもと同じように彼の監視を続けるうちに、だんだんと別の思いがこみ上げてくる。
自分と同じくらいかわいそうな人の面倒をみれば、やがて自分自身も救われる。そうすれば前を向いて生きていけるかもしれない。私はひとりぼっちじゃない。頭のどこかで、そんなことを考えていた。浮き彫りになった浅ましさを自覚したとき、どうしようもない自己嫌悪に陥った。どこか遠くに逃げ出してしまいたいけれど、ここは四方八方をダークブルーの海に囲まれた艦の中であり、ましてや軍機違反を犯してまで逃亡するなんて夢のまた夢だ。船酔いに慣れ、他人に囲まれて過ごしたところで、私はどこまでもひとりぼっちだった。
私が夜な夜な頭をかきむしっている間に、艦船は軍港のドックへ入っていった。整備のため、クルーには宿泊施設が割り当てられ、数日間の休暇が与えられる。短い期間ではあるけれど、やっとシャニの見張り役から解放される。ここ最近は、シャニと一緒に過ごすことがいやでいやで仕方なかった。もちろん、シャニのせいじゃない。私が私の愚かさを再認識し続けてしまうからという、自己本位な理由からだった。
休暇が始まる前夜のことだった。食堂でその日最後の投薬を終えたシャニは、インスタントのマッシュポテトをつつく私に「出かけたい。明日」と申し出た。
思わず「いま、なんて?」と聞き返し、彼の顔を見上げる。シャニの美しい瞳をきちんと目にするのは久しぶりのことだった。うざい、と彼は小さく吐き捨てて、呆ける私を鋭く睨みつけた。
「何度も言わせんなよ。明日出かけたいって。聞こえてただろ」
信じられない思いで彼を見つめる。プライベートは部屋にこもりきりの彼が、休日に外へ出かけるなんて意外だし(わざわざデッキに足を運んだのも、あの日が最後だった)、外出するにしても私に断りを入れず街へ繰り出すものだと思っていたから。
「なんだよその顔。お前と一緒じゃないと外出許可も出ないの、知ってんだろ」
彼はうっとうしそうにため息をつき、「忘れんなよ」と釘を刺した。私の初めての休暇は、シャニ・アンドラスのために捧げることになってしまった。
2024.08.16