novel

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胡蝶×扇舞
和風ぱろ



「坊ちゃま、お時間です」


いつも時間を告げるのは心苦しい仕事です、けれど私に何かを反する権利は御座いません。
申し訳ない感情を押し殺し、長年の仕事で身についたぼっちゃま曰く仮面のような顔でぼっちゃまを夢の世界からこちらへと引き戻させて頂きます。
大変申し訳なく感じる時間ですが、それと同時に大切なことを任されているという言葉に表せぬ満ち足りた気分になれる時間でもあります。
勿論これは言えるはずも無いことなのですが。


「うええ?まだだろー?」
「…」
「…はいはい」


わかったよ、とちいさく呟いたぼっちゃまをこの目に入れて確認し、私はいつものように小さく頷いたのです。
さぁ、朝が始まります。いつもと変わらぬ坊ちゃまとの一日が。


私は胡蝶と申します。苗字はありません。物心ついたときには、此方のおうちでお世話になっておりました。
この国ではちょっと前に戦争が続いておりました。物資は不足し、そこかしこで火が上がり。それはそれは混乱を極めたのだそうです。
ですからその際に両親を亡くしてしまったのでしょう。私のような子どもはいくらでもいます。親も家も無くし縋る者も無く、道端でぼろ絹のように生活していたり死んでいくものは後を絶ちません。このおうちに拾っていただけた私のような人間は物凄く運が良いのだそうです。私も心からそう思っております。


幸運にも私をこのおうちにおいて下さっているのはだんな様と奥様ですが、私を拾って下さった方はこのおうちのご子息様です。奥様が仰るには、ある日突然坊ちゃまがみも知らぬ少女、つまりは私なのですが…の手をひいておうちへお帰りになったのだそうです。
そのころの私はきっと想像するに酷い生活をしていたのでしょう。身を覆う服装は汚れに汚れ、言葉もろくに話せない状態だったと伺いました。とてもとても驚いたわと奥様は笑って仰って下さいましたが、私はそれを聞くたびに自分をどこかへ埋めたくなります。

どこから来たのか、そもそもどこで坊ちゃまが見つけてきたのか。それは誰もわからないそうです。坊ちゃま自身に聞いても適当にはぐらかされてしまいます。いえ、べつにそれほど知りたいわけでは御座いませんが。


何処の子供ともわからぬ私をそのままおうちに置いて下さったのは、私にとって奇跡としか言いようのないことでございます。お空ほどに広く寛大なお心を持つこのおうちのかたがたで御座います。どれほど感謝しても仕切れません。胡蝶はこのご恩いつまでも忘れることは無いでしょう。
そのようなことが御座いまして、私はこのおうちで働かせていただいているので御座います。


「胡蝶!胡蝶!?」
「坊ちゃま?」
「胡蝶!」


坊ちゃまの声が聞こえます。申し送れましたが、私は坊ちゃま付きの女中をしております。坊ちゃまとそう年の変わらない私ですが、だからこそ出来るものもあるだろうと言い遣わされました。身に余る光栄に御座います。
ふと耳にしたことでは、坊ちゃま自身が仰ってくれたとのことです。勿論うわさで御座いますし、そのようなこと私にあるはずございません。けれどもしそうだったらとほんのちょっぴり幸せに浸ったりもしております。
しかし坊ちゃま付きといってもそれ以外にも仕事は御座いません。戦争の傷跡から少しずつ開放されていっているとはいえ、未だ一昔前というようにはなりません。女中も少々人が足りず、私なども微力ながらお手伝いさせていただいているのです。


「みつけた!もう、僕から離れちゃ駄目じゃないか」
「坊ちゃま、またご冗談を」


わざとなのでしょう。こどもっぽく頬を膨らませる坊ちゃまについつい口元をほころばせつつ、私は水仕事をしていた手を止め坊ちゃまへと向き直りました。
そんな私に満足したように坊ちゃまは頷くと、部屋で働いていた姉女中の方々に小さなお声で何かを指示しました。姉さま方は少し顔を強張らせたように思えますが…きっと私の見間違いでしょう。


「さぁ胡蝶、いこう?」
「?ああでも坊ちゃま、私まだ仕事が…」
「いいのよ胡蝶、私たちがやっておくから!」
「姉様…?」


「そうだよ、いいって言ってるんだからいいんだって。それに胡蝶、お前は僕付きだろう?」
「勿論に御座います」
「なら僕の傍に居ればいいの。否、僕の傍に居なきゃいけないの!さぁいこう?」
「…畏まりました」


由緒正しきおうちのご子息として生まれた坊ちゃまは、気軽にお話できる同年代の方がいらっしゃいません。ですから、きっと私なんぞにも優しくして下さるのでしょう。私のような卑しい身分のものにはもったいないほどの優しさで御座います。
来る日が来れば坊ちゃまはおうちの外で立派なお友達を見つけおうちの外にも自らの世界を作っていかれるのでしょう。私なんぞに声をかけて下さることなど無くなるのでしょう。そもそも視界にすら入らなくなるのでしょう。解っています。わかっているのです。
けれど、今は。今だけは。


「胡蝶はどこにも行きません。坊ちゃまのお傍におります」
「…約束だよ」
「約束に御座います」


坊ちゃまが許して下さる日までは、私は坊ちゃまのお傍に使えさせて下さいませ。


・・・・

こんなふたりが結構好きです。
千本桜小説が出ましたが、まぁもう時間もたちましたしいいかなみたいな。
勿論無口胡蝶ちゃんも大好きです!!!!扇舞くんはまじショtゲフンかわいいです。


・・・・2014/03/23 たけむ

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