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雨は桜を散らすから嫌いだ
春の昼頃。薄い青の空。生暖かい風。天気雨。桜を散らす程度の風。桜の花を見上げている二人(桜月と雨)。からのー台詞。


というお題をキリン先輩から頂いてウンウン唸って書いたもの。
桜が散る前にとか思っていたんだ本当なんです今日で桜散っちゃいますね(;;)
いつもよりも努力大目で書いたのだけれど読みにくさと雨君への愛しか感じない…orz愛がわかればイイヨネ!!!!!!ry



・・・・・


彼女はまるで嵐のようだと、例えたのは誰だったろう。
そのときの彼女が浮かべた笑みを、私はずっと覚えているのでしょう。


でもね、私は思うのです。彼女は荒々しさばかりで全てを狂わさんばかりに猛り奮う嵐などではない、と。
どんなものにも等しく平等に降り注ぐあたたかな光。辛く悲しい夢の中にいても、そこから必ず目覚めさせてくれる強い光。あまりに惨めなものであろうと、何も問わずに包み込んでくれるやさしい光。
どれほど冷たい闇を抱えようともそれを全く外に出すことをせず、ひとり輝くばかり…否、輝く笑顔を此方へと向けてくれる人。

彼女はまるで、太陽のようだと思うのです。


私はそう思うのです。





・・・・花びらひとつとともに




しんしんと体の奥までも凍えさせる冬の空気も、いつのまにやら冷たさを持たない潔い風へと姿を変えて。
ふと辺りを見渡せば、真っ白な雪化粧の下で静かに沈黙を守っていた者たちもあちらこちらで姿を見せ始めている。数か月ぶりにみる萌え出でるような土の色は、雪に慣れた此方の目へとくっきりと印象付けてきて。香り立つのはたくさんの命の抱く土の匂い、辛く厳しい冬を耐え忍び目覚めの時へと今遷り変ろうとする者たちの気配。ちらりちらりと視線の端で見え隠れする、芽吹いたばかりで我先にと光を浴びることに精一杯な幼いみどり達。

その中でも一番に存在感を示すのは、古い昔からこの国の人を惹きつけてやまない春の姫。
ひとつひとつ咲く花は小さく慎ましげに見えれど、それが百と千と木々に成り一斉に春を呼び覚ます。
それはまるでこれから生まれるたくさんの命を此方へと送り出す盛大にしてささやかなる歌のよう。
普段美しさに理解を示さぬもの、風流さをあざ笑うものであろうと、思わず立ち止まり魅入ってしまうほどに。


だから彼女がそこへと導かれてしまうのは、仕方のないことなのでしょう。


フラリと消えてしまった彼女を探すために道を歩きながら、静かに足を忍ばせていた春の訪れに目を見開く。
そういえば、いつもこうだったかもしれない。
何処に居ても解かる存在感を持った彼女が、この時期になると静かに消えてしまう。それを探しに行く道々で、いつのまにか春になっていたことに気づくのだ。


雨は春に呼ばれるのだと、面白げにつぶやいていたのは鳳月だったか。

春一番の風のように、笑顔を携えて現れる彼女はその場で見事に吹き荒れる。彼女のその存在に、その場のすべてが飲み込まれ、そうしていつのまにか魅せられて。
そんな彼女だから、春に呼ばれるのだと。
春一番に例えられる彼女だからこそ、季節をつかさどるものにまで愛されてしまうのだと。

酒の席だったからか、普段よりもえらく饒舌になっていた彼。
あの鳳月が此処まで人を褒めているのを初めて聞いたと心の底でひどく驚いたものだ。
そのとき雨が即興でおどってみせた舞が、あまりに見事だったからかもしれないが。


色々なものへと例えられる彼女。
時には風に、時には嵐に。そして雨に。
どんなものに例えられても、彼女はいつも笑顔で応じている。にんまりと面白げにわらって、それは大層なもんだと肩をすくめて。

では、もし。
私が常々思っていることを告げたら、彼女は何と言うのだろうか。
まるで太陽の様だと告げたら、彼女はどのように反応してくれるのだろうか。

気になる。けれど、けれど。



ひらり。

目の前を横切って行った薄紅色の何かで視界が遮られ我に返る。
いつのまにか、もうここまで来ていたようだ。

此処…桜並木。しかしこのあたりで有名な桜並木は別にあり、此方の方は迷ってきたか、もしくは余程の偏屈者か超のつくお気楽者しか見に来ないような場所である。
よくある川岸等でなく、山間のこのあたりだけに群生している桜の木々。
生えている場所も辺鄙ではあるが、人が寄り付かないのにはもう一つの理由がある。


此処の桜は、人を食う。


古い人から今の人へと、口から口で伝えられている一つの話。
あの山の桜の木々へは近づいてはいけないと。
いってしまったら最後、あの桜に囚われて。そうしてここには帰ってこれなくなるよと。
今もどこかの家で親が小さな我が子へとしつけているのだろう。


どうしてそのような話が作られてしまったのか。
所詮は伝えられた古い古い話。正しい理由は今やだれにもわからない。
それでも、そういわれるだけのことはある、と来るたびに思ってしまうのだ。
この桜の木は人を食べるのではないかと。
いつか、雨をどこかへ連れて行ってしまうのではないかと。


挙げた声も吸い込まれてしまいそうな広い広い空。
なんだか不安になり顔を上げれば、薄青の天井は今日も変わらず広がっている。いつもは浮かんでいる白い雲も、風が強いからだろうか、ふき散らかされてしまったのか近くには見当たらない。
そして、その青い空すら染め上げてしまう勢いで咲き誇る、しろいしろい桜の花々。

一瞬目の前がまっしろになってしまったかのような錯覚を覚え目を瞬いた。
もう一度見渡せば、そこにはたくさんの桜の木々。そしてひらりふわりと様々な軌跡を描いて舞い踊る桜の花びら。
絶えず何処からかふき続けているやわらかな風。その風に導かれてやさしく木々から離れ空を漂う花びら。
時折吹き荒れる強い風。それによって一斉に此方へと襲い来る花びらの軍勢。

人っ子ひとり気配もないこの場所で行われるのは、桜と春風の何とも見事な二大スタァの特大共演。
観客は桜、桜、桜。
ようやく出会えることが叶った春との再会を喜び、耐え忍んだ冬との別れを惜しみ、これから来る命燃え盛る夏への期待を籠めて。
一足早く命を終えて散りゆく桜の花びらの、最期にして最高の舞。
春の姫君たちの時の巡りを寿ぐ大切な大切な舞の場。人如きが立ち入ることを許されない、この山の中でも木々たち動物たちに一等愛され守られた場所。だからこそのあの言葉。あの言い伝えなのではないだろうか。


しかしいつからか、誰かにも見せたいと姫は願ったのだろう。

そこで雨を選ぶとは、なるほど分らなくもない。
同じ名を持つものとして、なんて。大きく出過ぎだとは思うけれど。
桜、さくら。色とりどりの四季を持つこの国で、春に呼ばれる美しき姫。他みっつの季節の時は何処にいるかもわからないような木々なのに。一年のほとんどをそうして過ごしているくせに。
この季節にだけ現れて、そうしてすべてを浚いゆく美しくも恐ろしい木。
さくら、桜。



「…おやぁ、桜月?」
「雨?」


突然聞こえてきた、よく聴き慣れた、今では何故か懐かしく感じてしまう声。
あたたかくて、つよくて。すこし茶目っ気があって、でも正直で。
私の大好きな人の大好きな声。

しかしあたりをみわたせど、見えるのは白い白い桜の花びらばかり。
もしかして幻聴だったのだろうか。聞きたいと願ってしまったから、桜が叶えてくれたのか。
そんなことまで考えていると、もう一度きこえてきた彼女の声。


「こっちさこっち。下!」
「…座り込んでどうしたのよ」
「花見、かねぇ」


視線を声の通りに下へと移せば、この木々の中でも最も大きく古い桜の木の元、大きく足を開いて木に体の殆どを預けて座っている雨の姿。
にっこりと顔を崩して此方へと大きく腕をふる雨をみていると、ふっと笑いが漏れてしまう。
嗚呼、どこにいても彼女は変わらない。
ちょっと前に感じてしまった恐怖も、彼女の笑顔をみれば吹き飛んでしまうのだから不思議なものだ。
雨の元へと近寄り隣へと腰掛ける。さすがに彼女のように桜の木へと体を預けるなんて大それたことはできないけれど。
その間も変わらず続いている桜の舞。ひらりふわりと散りゆく花びら。
思わずといったように堕ちてゆく花びらへと手を伸ばし、そうして掴もうとする雨。しかし花びらはするりと雨の手をすり抜けもう一度空へと舞い踊る。
雨はその花びらの軌跡を眺めて、まぶしそうに目を細めた。


「綺麗だよなぁ…ほんとうに。毎年見てるけどやっぱり見に来ちまう。桜はすげえよ」


雨はしみじみと呟き、肩をすくめた。
その呟きに籠められたものがたくさんあるように思えて、隣の雨へと視線をうつす。
確かに桜は綺麗だ。この花びらの舞は本当に本当に素晴らしいと思う。でも、それを言っているだけには聞こえないのだ。

雨は静かに桜の舞を見つめている。静かに、静かに。いつものあの騒がしい彼女からは想像がつかないくらい、静かに。
それでもやはり彼女は彼女だ。雨の目を見てひとり頷く。ああほら、彼女の瞳は様々な色をうつしているではないの。
じっとみつめているとその瞳に焦がれる様な光を読み取り、思わず息をのんでしまった。
彼女は桜に焦がれるのだろうか?焦がれるほどの想いを、桜に?彼女が、どうして?


まじまじと雨を見つめていると流石に気づいたのか。雨は桜から此方へと視線をずらしくしゃりと笑んだ。
何故?どこかがちくりと疼いている。これは、どうして。


「またこの季節が来たなぁ」
「そうね。…雨は春が嫌いなの?」


雨の笑顔がどうしてか痛々しく思えて。思わず問い返してしまった。
彼女が春を嫌うなんて、そんなの全く想像もできないことなのに。そんなこと否定されるに決まっているのに。それだのに、彼女の笑みを見ていたらふっと出てきてしまったのだ。
ああだって、だって。どうしてそんなに痛そうな顔をするの?それなのにどうして、貴女は笑おうとするの?

無意識に雨へと手を伸ばしてしまいそうになり、慌てて自分の手を握りこみ唇を噛み締める。
雨は驚いたように目をぱちくりと瞬かせて此方を凝視していた。
そして数秒間ほど置いてから、少し照れたように笑い乱暴な仕草で前髪を掻いた。
否定の意味を示すようにゆるく頭をふる雨。一度目を閉じ、再び開いた時彼女は妙に澄んだ瞳をしていた。静かな静かな、その瞳。


「嫌いじゃない、大好きさ。ただ、」
「ただ?」
「思い知ってしまうんだなぁ」
「?」


思い知ってしまうんだ。


もう一度小さく、小さく。僅かに聞き取れるくらいの小ささで呟いた雨は、視線を虚空へと戻し上を見上げる。
その軌跡に釣られたように後を追えば、瞳に映るのは桜、さくら。どこにこんな量の花びらがあったのか。疑問に思ってしまいそうになるほどの量のさくらの花びら。
雨に問い詰めたい気持ちと、触れてはいけないことだと感じる気持ちと。胸の中で二つの気持ちがせめぎ合い、結局どの単語も音にならず自分の口の中で消えていく。

嗚呼、こんなとき自分以外の誰かなら。そう無意識に思い浮かべてしまいそこでハッと目を見張った。どうしてここで他人の顔を思い浮かべなければいけないのか。
自分の中に無駄に根を張ってそうしてがんじがらめに縛りつけてくるこの気持ちを引っこ抜いてしまいたい衝動にかられる。
私は、私なのに。そうありたいと思っているのに。私は結局、私一人になりきれない。


ひらり、ふわり。…ぽたり。


音のない空間に、小さく響いた水の音。
花びらと風に見事なる舞。そこにきらりとひかる花びら以外の何かをみつけ、おや、と思わず雨と顔を見合わせた。

ぽたり、静かに空から落ちてきたのは、小さな小さな水ひとしずく。


「あら」
「はは、なんてタイミングだか」
「天気雨、かしら」


徐々に水滴の数を増やし、空から無数に堕ちてくるちいさな雫。
あっというまに一面を覆い尽くすほどの数となり、さぁさぁと上から下へと降り注ぐ。
そんな中でもくるくるりと舞い散る桜の花びら。しかしやはり水には勝てぬのか。先ほどの風のようにやさしく舞うのではなく、一度気を離れてからするすると地上へと雨と共に落ちていってしまう。
さくらとあめ。やはり桜は雨に勝てぬのか。
それはまるで、まるで?


「散ってしまうなぁ」


目の前で繰り広げられた春の情景に見惚れ、思わず考え込んでいると隣でふっと漏れた呟き。
それは無意識に出てしまったもののようだが。なんでか妙に、哀しげで。

この大きな桜の木の下では雨のしずくも届かない。さくらを雨宿りに使うのは何とも贅沢なものだが、今外に出たら確実にぬれねずみになってしまうだろう。
頑丈と名高い雨であるが、春は三寒四温とよばれる目まぐるしい気温差の季節でもある。もし風邪でも引かせてしまったら、鳳月から雨が何と言われるかわかったものではない。
それに自分だってそれほど体はつよくない。ならば、大人しく此処に居るのが一番だろう。
桜と雨に気を取られて沈んでいた思考をなんとか現実まで引き戻し、このまま雨がやむまでは此処を動かずにいようと結論付ける。
そうしてそれを告げようと隣へ向けば、再び彼女の口からこぼれた小さな呟き。


「散らないでくれと、俺が願うのはお門違いな気もしねえが…」
「あめ?」


突然不安になり彼女の名を声に出してしまう。


静かに降り注ぐちいさな雫と、大きな大きな桜の木。そしてそれらに包まれぼんやりと虚空を見上げる雨。
まるでそのまま消えて行ってしまいそう。そう感じてしまうほどに、今の彼女は儚げに見えた。
夢かうつつかわからなくなるような。
例えばこのままもう一度瞬いたらすべてが、雨までもが桜にまかれて消えてしまいそうな。
それくらいに、彼女が。

無意識にゴクリとつばを飲み込んだ。


「雨は桜を散らしてしまうから嫌いさ」


突然口を開いた彼女。しかしこちらには目を向けず、そのまま空を見上げたまま。
何か口に出してはいけない気がして、自分もそのままじっと雨を見つめた。

静かに腕を伸ばし、掌を空へと向ける彼女。
しばらくそのままにしていると、ゆっくりと雨と共に落ちてきた桜の花びらが雨の手のひらへとひっかかった。
それをやさしくやさしく握りこみ、額の元へともってくる。


雨は桜を散らすから。
その言葉のとおり、彼女がその手につかんだものは、雨によって散らされた桜の花びら。
彼女はそれを慈しむように、そしてまるで散ってしまったことが自分のせいであるかのように哀しげに、花びらをそっと両手でつつみ直しゆっくりと目を閉じて首を垂れる。


嗚呼、なんて。なんて綺麗。


「俺は怖いんだ」
「こわい?」
「いつか、俺が。俺が…お前を、」


(散らしてしまうのではないかと)
(だから、こわい。怖くなる。桜を見ていると、怖くて怖くて仕方がなくなる時があるんだ)


かたくかたく目をつむって、桜の花びらをやさしく閉じ込めた掌をそのままにじっと動かない雨。
さぁさぁとふっていた雨もいつのまにか静かになり、ぽたり、ぽたりと雫を数滴残していなくなる。
そうして残るのは、ほんのり湿った雨の香りとその香りを纏った風。そしてすこうし重たくなった桜の花びら。

桜の木の隙間からやわらかく差し込んでくる空からの光、ぼんやりと照らされた雨は本当に、本当に綺麗、で。
ああ、連れて行かれてしまいそう。
誰に?桜に。桜の木々に。この季節に、春自身、に。
そしてそのまま、彼女は。彼女は?


「…桜月?」


名前を呼ばれ、そこで初めて無意識に雨の衣の裾を強く握りしめていたことに気づく。
そして、自分がいかに突拍子のない考えに囚われていたのかにも、気づいた。
それでも先の考えは自分から離れてくれなくて、なんだか妙に心細くて。
やっと目を見開いて、此方を不思議そうに見つめてくる彼女の表情がとてもとても懐かしく感じて。

雨の服を握りしめる自分の指に力を入れて、彼女がどこにも行ってしまわないようにと願いを込める。
そうして何かを伝えようと口を開き欠けて、視界の端できらりとひかるものが落ちていくのに気を取られた。
ああ、そうか。これも。


「ねぇ、雨。私は雨が好きよ。天から恵みを与えてくれるやさしい雨が」
「おうげつ…」
「それにね」


ぽかんと口をひらいている雨ににっこりとほほ笑み、握りしめていた指をそっと開いて先ほどの視界の端でおちていったものへと手を伸ばす。
きらりとひかって落ちていく。いくつも、いくつも。

そのうちの一つがぽたりと掌に堕ちてきて、にっこりとほほ笑んだ。
雨も釣られたように手ののばされた方向へと顔を向ける。そこには、きらりきらりとひかっては落ちてゆく先の名残。


「ああほらみて、雨の残りが」
「へえ!おもしれえ。こりゃあ」
「ふふ、…桜の涙の様でしょう?」


またも吹き荒れ木々を揺らしそして花びらを浚っていく春の風。
その風に揺らされて、花びらと共に誘われるように地上へと降りゆく雨の残り。きらりきらりと光を閉じ込めた様に輝く雫が、桜の花びらからぽたりぽたりと静かにおちる。

ぽたり、ぽたり。

まるで桜が静かに泣いている様に、静かに涙を零すように。空から降り注いだいくつもの雫は、今度は桜から地上へと落ちていく。
花びらが散ってしまうことを嘆いてか。はたまた咲き誇れることへ、春を迎えることが出来たことへの喜びか。

はらり、はらり。ぽたり、ぽたり。


「…綺麗なもんだ」
「ね、雨だって悪くないでしょ」
「そうかもなァ」


ぽたりぽたりとおちゆく雨のしずく、それをどうにか手に留めようとするように。雨は大きく空へと手を伸ばす。
何度も何度も失敗し、それでも何度も何度も試す彼女。
くすりくすりと楽しそうに笑っている今の彼女は、先の今にも浚われてしまいそうな雨とは別人のよう。

ああよかった。
こっそり胸の奥でほっと息をついていると、不意に手を止めた雨が此方へくるりと振り返った。
あおいあおい、彼女の瞳。


「あぁでも」
「?」
「俺は、お前を泣きっぱなしになんかさせねェよ」
「ッ」


何かと思えば。真顔でそう言い切る雨に、思わず息を飲み込んだ。
全く、突然彼女は何を言い出すのか。
くらりときた頭にゆっくりと手を当て、ふかいふかいため息をついた。

嬉しさで震えそうになる声をなんとか押し出して、普通の声に聞こえるようゆっくりと囁く。


「…貴方はもう」
「ん?」
「どうして、突然」
「うーん、そうだな…だって俺は出来ればお前の涙を拭ってやりてぇなって」
「そ、そう…」


頭に当てていた手を離して問いかければ、一度考え込むように腕を組む雨。
そうして思いついたのか、にこぱと笑顔で爆弾を投下され、桜月は再び頭を抱えたくなった。
これで無意識だというのだから、本当に困ったものである。
そしてもっと困ったように、彼女はさらに口を開いた。


「そりゃ泣いた顔も綺麗だけどな、わらった顔のがもっと綺麗だからな!」
「…ありがとう」


本当に本当に嬉しそうな笑顔を此方へ向けてくる彼女。
何か皮肉の一つでも、と思えど普段はすらすらと出てくる言葉もひとつも音にならずに空へと消えた。
なんとかかんとかお礼をひねりだし、そうして即座に下へと俯く。
嗚呼、絶対に顔があつい。
百戦錬磨と呼ばれたあの鳳月にあそこまで言わしめた理由もわかるものだ。
アイツは人誑しだから。そう呆れたように呟いていた鶴に、今では全力で同意の意を示したい。


きらきら、きらきら。


雨粒なんかより、今咲き誇る桜より、彼女の方が、何倍も何倍も輝いている。
やっぱり、彼女は桜を散らす雨なんかじゃない。
しとしとと静かに降り注ぐ霧雨でも無ければ、強く激しく叩きつけてくるような大雨でもない。
勿論荒れ狂う嵐なんかでもなければ、春に吹き荒れる風でもない。

彼女は、彼女は。雨は、太陽の様だと思うのです。
あたたかくて、つよくて。そうして涙が出るほどやさしくて。
私はそう、想うのです。


「さあて、随分長居しちまった。雨もやんだしもういくか?」
「ええ。そういえばいつからいたの?」
「いつからかねぇ…あんまりにきれいだったからうっかり寝ちまったからな、わっかんねぇや」


いつのまにか立ち上がり、此方へと手を差し出しながら照れたようにわらう雨。
慌ててそれにつかまって立ち上がり頷き返しながら、心の中で小さく首を振るった。

ああ、今日も。私は口には出せなかった。

狂おしいほどのこの想いは、そうやって今日も大きく膨らんで。
私のこの厄介な口では言葉に出せないほどに、胸の内へと溜まり続けて。
そうして。




桜と雨がやさしく散る中、ふたりでゆっくりと歩き出す。
握った手はそのままに。









雨は桜を散らすという






(どうせならば)
(この身ごと、あなたの手で)


・・・・・

2013/04/06 たけむ



四月に書いていたんだ…てへぺろ




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