novel

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どうして生きるのかわからなかった。
でも、死にたくもなかった。だけど、それくらいの思いじゃ生きていくのは難しくて。
スラム街で残るほど、俺は生きたいとは思えなかった。
あぁ、俺はここで死ぬのかな。
どれでも別にいいと思った。
でも。


『あなた、だいじょうぶ?』


貴女が、見つけてくれた。
俺は、ほんとのほんとの“キセキ”に出会ったんだ。


『…だったら、貴方がいきるいみを見つけるまで。…それまで私のために生きてくれないかしら』


幼い外見に似つかわしくない淡々とした口調で。
苦しそうにほほえむ貴女に。
俺ははじめて泣きたくなった。


そしてそのとき。








・・・・・Master





とあるお屋敷のダンスホール。
開かれるのは貴族の社交場。
若い者からその親まで、さまざまな貴族が揃ったある会場。
さてそこに、


「お嬢様、そろそろ…」
「あぁそうね、では皆様御機嫌よう」


にっこりと笑み、広間を横切る少女…リン。
誰もが見惚れてしまうような容姿、話術、身のこなし。
そして御家はたっぷりお金のある名門貴族。
貴族達の中でも評判の、今を時めく正統派のお嬢様。
羨まれるものを全てもっている…と思われている、恵まれた場所にいるお嬢様。
はてさてその実態は。


「ふぅ…」
「お嬢様、お体の具合は?」
「大丈夫よ」
「…ご無理はなさらぬよう」


すわり心地のよさそうなソファーに腰掛けるリンと、その隣で不安げな表情をつくる少年…レン。
この家が抱える使用人の一人であり、リンにとってただ一人の専用の使用人。
彼女専用の執事、である。
身の回りの世話は勿論、彼女を護るため導くためにそれなりの能力をもった何気に凄い少年。
がしかし、レンの顔から分るように彼の頭の中は少女一色。
レンにとって、リンだけが自分のただ一人の主。
そう、リンだけが。


「昔に比べたら随分いいわよ?」
「…比べる対象が違います」


クスリと楽しげに笑うリンに、レンは苦い顔で返す。
そんなレンの様子を楽しげに一瞥し、視線を自分の手に落とした。
まっしろな、指、腕。
綺麗な…といえば聞こえがいいが、リンから見ればただ単に気味の悪い白さ。


まるで生きて無いかのような。
そう自分で考え、面白くもないのに口角があがる。
あぁほんとうに、なんで私は生きてるのかしら。


「…お嬢様」
「なぁに?何も言ってないわよ」


口ではね。
そう心の中で呟けば、またも注がれるレンの視線。
…この執事はもしかして心を透視できるのではなかろうか。
有り得る気がする。


「貴女は…もっとご自分を大事になさって下さい」
「何かしたかしら?」
「パーティーだか知りませんが…あのようなどうでもよい連中のために時間を割くなど我慢なりません」
「…結構言うわね」
「言いますよ、何故なら」
「?」


途中で言葉を切ってしまったレンをじっとみつめる。
あんな暴言をさらっと言ったくせに。
言葉に詰まるとはなんと珍しい。


そんな失礼なことを思いつつレンの言葉を待てば、ふってくるのは想いの視線。
ただリンを心配している、それが嫌でもわかる、そんな視線。


「何故なら、…お嬢様、貴女のことが大切だからです」
「…う」
「昔よりマシになったとはいえ…貴女は立派な病人に変わりは無いのですよ?」
「…そうだけど」
「お願いします。どうか、無理は為さらないで下さい…」
「…ううう」


沈鬱な面持ちで、言い換えれば苦しそうな顔で。
リンの足元で膝をつき、お願いしますと頭を下げるレン。
その言葉にも、表情にも。現れるのは心配と敬愛、それから…それから。


あまりにも純粋な想い。
自分の体など塵よりも価値が低いと思っているリンだが…。
どうにも、敵わないのだ。


「あーもう!わかったわよ!」
「といいますと?」
「無理はしないわ。辛かったら、レン、貴方にすぐに言う」


レンの言葉に耐え切れなくなったのか、お嬢様にはあるまじき乱暴な声で答えるリン。
先ほどのパーティー会場でのおしとやかな少女の影は見当たらない。
しかし、レンはそんなことはどうでもいいのか、
少女の返答に、それはそれは嬉しそうに微笑んだ。


「はい。是非お願いします」
「…うー」


敵わない。
何度も思ってきたことをまたリンは思い浮かべた。
誰に対しても、…それこそ両親にさえ猫被った笑顔で接することが出来るというのに。
レンにだけはどうしても出来ないのだ。
…最初から、猫被る気はないのだけれど。
レンにだけは。彼女のただ一人の執事にだけは。


「それにしたって、弱すぎよね」
「お嬢様?」
「なんでもないわ」


安心したのか、リンの傍から立ち上がりお茶の準備をはじめるレン。
そんなレンの後姿をみつめ、その後に自分の腕を見つめる。
何もできそうにない弱弱しい腕を。
リンは意識せずに漏れそうになるため息をなんとか噛み殺し、ゆっくりと瞼を落とした。


瞼を落とせば見えるのは闇。
思い浮かぶのは小さなからだをした少年の姿。
今の姿からは想像もできない、昔の執事。


変わった貴方と変わらない私。


「私なんて、さっさと失せればよかったのに」
「…お嬢様」


咎めるようなレンの声に我に変われば、こちらをじっと見据えるレンの瞳。
どうやら無意識に声に出してしまっていたらしい。
失敗したなと思いつつも、訂正はせず視線を落とす。


変われない私はただのお荷物でしかないわ。
レン、貴方に言わないといけないことがあるの。


「ねぇレン、貴方も私なんかの傍にずっと留まってなくて良いのよ?」
「…」
「貴方はもう何もできない子供ではないわ。きちんと独り立ちのできる立派な大人よ」


私と違って。


リンは視線を落としたまま声を紡ぐ。
相手の顔を見て話す、これが常識だとわかってはいるけれど。
…顔を、瞳を、みれないのだ。
でも、言わなければいけなかった言葉。


貴方と会って、貴方の人生を縛ってしまったから。
だから、いつかは自由になって貰いたいと思っていた、願っていた。
ずっとずっと、いつか、と先延ばしにしてきてしまったけれど。


「今までありがとう、レン」


貴方はもう旅立てる。
一人で歩いていける能力を既に持ってるわ。
窓の傍で死んだように丸くなっていた、あの時の少年はどこにもいない。


どこにも、いない。
今いるのは、あの時から何にも変わっていないちっぽけな少女だけ。
どこにもいけない、何もできない。そんな私だけ。
貴方は、違うのよ。


貴方はしあわせになっていいの。


「僕は、…僕は、貴女の執事です」
「…レン」


突如降ってきた声に肩を震わせる。
落とした視線の先には、見慣れた自分よりも大きな靴。
いつのまにか、レンはリンの傍に戻ってきていたらしい。


「僕は」
「レン、貴方は優しいわね。でも無理はしなくていいの」
「ッ…僕は!!」


つよく切ない響きに、それまで俯けていたかおをあげる。
するとそこには、…今にも泣きだしそうなレンの瞳。
どうして?


「…れん?」
「僕は、僕の主は、貴女だけです」
「…」
「僕の生きる意味も、貴女でしかないのです」
「な…」


レンの言葉を聞き絶句したリンの手をそっととる。
まっしろですべすべな、…小さな手。
この手で彼女は僕にキセキをくれたんだ。


あの時から。
あの奇跡のような驚きを、喜びを、僕が感じた時から。
僕のすべては、貴女のものだ。
だから


「…そんなこと、言わないでください」
「え…」
「僕は、此処に居たいから、居るんです」
「それは」
「優しさなんかじゃなく僕の意思です。…願い、です」


信じてください。
声に出さずに呟き、レンはそっと頭を垂れた。
リンが最近思い悩んだ表情をしているとは気づいていたが。
…まさか、自分のことで悩んでいるとは思わなかった。
それも、こんなこと。
自分の意思など、一つしかないのに。


「僕は貴方の傍に居たい。それは認めてはもらえないことなのですか?」
「それ、は…」


リンの声が震えだしたのに気づき、レンは顔を上げる。
そこには大きな目をさらにみひらいているリンの表情。
そんなに驚くことだろうか。
自分の意思などリンは知っていると思っていた。
…言わなければ伝わらない、それは理解してはいたけれど。


だって、僕のすべては貴女のものなのに。
だって、ぼくの世界には貴女しかいないのに。




「僕は貴女の傍に居たいのです」



貴女のそばで。
僕は生きていたいんだ。











My master






(あの日あの時あの場所で)
(貴女一人のためだけに生きようと決めたのです)





おわり
・・・・・・・・・

献上品。
腹黒お嬢×忠犬執事と、腹黒お嬢×腹黒執事というものがありまして、それを融合させてしまった…orz
どっちも美味しいはずなのに、結果何もいかせてない気がする。…てかいかせてないね!(涙
ほんと申し訳ない…。
「忠犬ってことは、どっかでそうなるキッカケがあったんだよな」→「それはなんだろう」→「のってきたぁああああ」
そしてこうなった^q^
過去編もがっつりあるので、あげれたらいいね。
あぁでも需要無いな。フハハ。


それでは、りぃあ様、ふるり様、拙いものですが献上させて頂きます(礼
スカイプ有難うございました>//<


2011/05/15





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