牧野慶
初日/05:19:34
大字粗戸/食堂裏





















私を庇って攻撃を受けてしまった名前さん、その攻撃を受けてしまった頭は血こそ出ていないものの、気を失う程の衝撃を受けたんだろう。
名前さんの事は勿論心配だったが今は目の前の化け物に目を向けなければならない、今にも逃げ出したかった。
だが自分を庇ってくれた名前さんを放っておいて自分だけ逃げるなんて出来なかった。
だからと言って私は闘える程強くない、そうじゃなくとも人を攻撃するなんて私には到底無理な事だった。


「どうしたら…っ」


目の前の化け物は何故か襲い掛かってこない、だがこれも一時だけだろう。
早く行動しないと私も名前さんの二の舞になりかねない。
逃げ出したい衝動と、名前さんを放っておけない理性が私の中で責めぎあっていた…


『………げ……』


「………え?」


意識を失って倒れている名前さんの唇が微かに動いて息をする様に言葉を紡いでいた。
まさか意識が戻ったのか、と希望を持ったのだが目を開けない名前さんを見てその希望は無駄なんだと思い知る。
………どうすればいい…こんな臆病な私を守ってくれた名前さんを放って逃げ出していいのか?
今までと同じ様に、逃げ出すのか?頼られる事に、与えられる事に、…………自分の弟に、いや…自分に。


『逃げ………て、……まき、の………ん』


「………!」


私は、何をしていたのだろう…名前さんは意識を失っても私を案じてくれていたのに、私は自分の事ばかり…
そうだ、名前さんが放っておけなかったのも自分が罪悪感に縛られたくなかったからじゃないか…
自分の愚かさに気付くと同時に先程の名前さんの言葉がよぎった。


今考えてみると、とても当たり前の事だ。


『そうやって逃げてるから何も変わらない…そうやって変わろうとしないから変われない…!
牧野さんには変わろうと思えば変われる…そうでなくても、みんなに必要とされてる…
変わろうとしても、変われない人がいるのに…牧野さんは変わりたいって言うだけで自分は無理だからって逃げて変わろうともしない…
そんなの、違う…!』


私は変わりたいだけで行動しなかった、変わる事にさえも臆病になりそれが恥ずかしくなり変われないと思い込んで。
私には、出来るじゃないか…名前さんの言う通り、私を頼ってくれている人達がいる。


『……逃、げて…』


「………逃げません」


名前さんの言う、変われない人とは誰なのだろうか?いや、今は考えずにいよう。
私は、変われる、変われる、変われる。
呪文の様に頭の中で何度も唱えて私は名前さんが握っていたバールを手に取った。
今にも襲い掛かりそうなそれに、私は震えながらバールを振り下ろした。

























―――私は、この感覚を一生忘れないだろう。























『………あ、れ……』


「良かった…気付かれたんですね!」


化け物を倒した後、名前さんを化け物達の死角になるバス停の裏に運んで名前さんが目覚めるのを待っていた。
名前さんは目が覚めると不思議そうな瞳を向けて辺りを見回す…そして暫くすると私にそれを戻す。


『屍人……化け物は!?』


「名前さんを攻撃するとどこかに行ってしまいました…」


『え………』


嘘を吐いたのはちゃんとした理由があるからだ、でもまだそれを言う時ではない。
名前さんは少し考える素振りを見せた後、私が名前さんを運んだ事にお礼を述べてくれた。
名前さんはとても優しい人だ………今度は私が、そんな名前さんを守る番だ、そう決めて名前さんが持っていたバールを隠し持ち密かに握り締めた。


………その時は、私の事、認めてくれますか?





臆病アンチテーゼ
(いつか、あの人の前に堂々と胸を張って立てるだろうか)










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