モンタージュ | ナノ
切って、貼って、切って、貼って、切って、貼る。そうして貼り絵は出来上がる。和紙の上にさらに和紙を重ねてみると、ただ一枚をぺらりと貼ったときよりも色に厚みが出る。異なる色同士を重ねると、新たな色が生まれる。サハラはそうやって、いくつもいくつも和紙を切って、貼った。

サハラは本当は佐原真吾という名前だ。しかし、彼はよく名前をサハラとカタカナで示す。そうすると、まるで自分がどこの国の人かはっきりしないように思えて、すべてのことから自由になれた気がした。
サハラには好きな男がいた。誰にも相談などできなかった。男なのに男を好きになってしまった自分を恥じたときもあった。自分は病気ではないのかと疑って眠れないこともあった。しかし、サハラはもう恥じることも、自己を疑うこともしなくなった。そんなことで悩むのは阿呆らしいとわかったのだった。

サハラのクラスにはレイチェルという女の子がいる。サハラとレイチェルは仲が良い。それはクラスの誰もが知っていることである。レイチェルは両親ともアメリカ人で、しかし日本語しか話せない。もっと詳しく言うと、英語は少しは話せるが、彼女の両親が日本での生活が長いため、家でも英語はほとんど使わないらしい。サハラとレイチェルの英語能力は同じくらいなのだ。

「ここ、も少し青足したほうがええんとちゃう?」
「そうかもね、貼ってみようか」

おまけに、レイチェルは中学二年生まで関西で過ごしていた。金髪で、鼻が高く、青い眼の、美しい西洋人形のような彼女がコテコテの関西弁を話す姿は、どうしようもなく不安定で、サハラはそこが彼女の魅力の一つだと感じている。
サハラとレイチェルは美術部に所属している。部と言っても、コンクールに作品を出す機会も少なく、部員も彼ら二人を含めて六人なので、いつ廃部になってもおかしくない。しかもサハラとレイチェルはもう引退の時期だ。おそらくこの共同製作が高校生活最後の作品となるのだろう。

「私な、好きな人ができたんよ」
「また?おまえはいつも月に三人くらい愛してるよね」
「愛に溢れとるやろ」
「溢れすぎて全部流れていってるじゃないか」

レイチェルはじとっとした目でサハラを一睨みすると、ため息をついた。次に言う台詞はわかっている。恋したい。彼女は毎日誰かに恋い焦がれているくせに、まだ物足りないと言う。贅沢な女だ。サハラも彼女くらいの積極性が欲しかった。しかし、積極的になったら、相手とはもう友達には戻れないとわかっていた。どうして男が男を好きになるのは異常なのだろう。サハラにとって、男女同士でしか愛し合ってはならないと思う人こそ異常で、それはおかしな宗教に魅入られているように感じられた。異常とは何か、そんなことまで考えるようになった。
サハラの想い人は広瀬という男だ。広瀬とは高校入学時に出会った。気が合うのでよく一緒に過ごしている。しかし、広瀬の周りには女がたくさんいた。広瀬は顔が広く人当たりも良いので、友達が多く、彼女もいた。でも、サハラは、広瀬の彼女である西山が好きではなかった。
嫉妬とか、そういうのではない。最初から気に食わなかったのだ。最初というのは、初めて出会ったときだ。こんな冷たいグループ抜ける、と人気のない階段下で数人の女子を睨みつけていた西山の顔は今でもすぐに思い出すことができる。抜けるとか宣言せずに勝手にいなくなればいいじゃないか。抜けると言って引き止めてもらえるとでも思ったのか。それとも、ただ、そうやって一人孤立する自分に酔っているだけではないのか。そもそも、グループを抜けるって、なんだ。あの女たちは馬鹿だ。勝手に集団を作って、それに自ら縛られ、その拘束が嫌だと叫ぶ。
サハラは女が嫌いなわけではない。ただ、男にも女にも苦手な奴はいる。それだけのことだ。むしろ、男嫌いだとか女嫌いだとかいう奴のことこそ馬鹿にしていた。性別なんてただの記号であり、幻想だ。男が好きだから女というわけではない。男性器が付いていても心が女の者もいる。その反対もある。ホモがなんだ、レズがなんだ。彼らのような存在がいてもいいではないかと唱える奴こそ馬鹿だ。誰かに許しを請うて存在しているわけではない。サハラはそのことに気付いてから、悩むことをやめた。

「サハラは好きな子おらんの」
「どうかな」
「なんやの、はっきりしいや。モテるくせに」
「モテない」
「サハラは中性的な顔しとるから綺麗やもん」
「綺麗じゃない」
「けどな、私も自分の顔はわりと好きなんよ、ただ、関西弁とマッチせえへんからな、そこが厄介やな」

サハラは彼女の言葉に少し微笑んだ。厄介だなどと言いながらも、彼女は標準語を話そうなどとは考えてはいないのだ。
レイチェルの貼る和紙たちは、どれもサハラが今まで見たことのないような色に見えた。そして、どれもが美しかった。



サハラは、教室では、必要以上にレイチェルと会話することはない。レイチェルはサハラ以外にも仲の良い友達がいるし、サハラだってそうだ。サハラは毎日広瀬たちと昼食を摂る。広瀬はいつも輪の中心にいる。彼はいつも楽しい話題を豊富に持っている。サハラは大体聞き役で、しかし話の拡げ方がうまい。サハラは聞き役の自分と話し役の広瀬との相性はバッチリだと信じていた。誕生日がちょうど一ヶ月違いだとか、身長がほぼ一緒だから同じ景色が見えるとか、彼が間違えた数学の問題を同じように間違えただとか、くだらないことにいちいち運命を感じた。自分がこれまでになく馬鹿な生き物になっている気がした。馬鹿でいいのだ、馬鹿だと感じることができているなら、まだ大丈夫だ。
しかし、うかうかしているわけにはいかない。サハラも、レイチェルも、広瀬も、約半年後には高校生ではなくなる。出会いがあれば別れも必ずあるし、新しい環境の中で人はまた新たな関係を築いていくし、新しい環境の中で古い繋がりが埋もれていくのは仕方ないことだとサハラは理解している。理解してはいるが、どうにも整理のつかない感情があるということも本当だった。



「もうすぐ完成やなあ」
「ああ」
「なんやねん、もっと喜べばええやん」
「いや、二人でここまでできるとは思ってなかったから、正直何て言えばいいかわからなくて」
「あほやなあ」

レイチェルは白い和紙を真っ青な和紙の上に重ねて貼った。彼女の手で入道雲が完成してゆく。薄い和紙が重なることによって、入道雲はサハラたちの前にゆっくりと現れる。和紙を重ねすぎると色が汚くなる。しかし、ただ一枚だけ貼っても物足りないし、何も生まれない。サハラはレイチェルに負けじと波を創り、レイチェルは黙々と入道雲を生んだ。

「少し休憩しようか」
「うん、あとここだけ貼ったら」
「うん」
「私な」
「うん」
「サハラと作品を作ることができて、本当に良かった」
「うん」
「これで最後やんなあ」
「うん」
「走馬灯みたいに今までのサハラとの思い出が駆け巡るわ」
「その言い方、なんかやだなあ」

サハラが笑うとレイチェルも笑った。入道雲はやっと出来上がった。波は気合いを入れすぎたせいか荒れた海になってしまっていたため、サハラは和紙を何枚かバリバリと剥がした。

「気付いてたんやろ」
「うん」
「私、サハラのことが好きや」
「うん」
「サハラは私の気持ちには答えてくれないって知ってたから、この作品を作る間だけはサハラのこと独り占めしてる気がして、嬉しくて」
「うん」
「きもくてごめん」
「ううん、ありがとう」
「うん」
「ごめんね」
「ううん」

だいぶ凪いだ海をまた作り直す。切って、貼って、切って、貼って、切って、貼る。異なるものを合わせて新しいものが生まれる。サハラという人間は自分自身では作ることができない。他者が幻想を切って、貼って、サハラを作る。
サハラはレイチェルを大切な友達として自分の中に貼った。西山のことは貼らなかった。広瀬のことは貼ることができなかった。ただ、広瀬の中に自分がほんのわずかでもいいからいればいいと願った。それだけでサハラは満足できないとわかっていた。わかっていたけれど、そう願うことしかできなかった。