静かな革命 | ナノ
どうしてこいつらはやれと言われたことしかやらないんだろう。へらへらと隣同士で笑っている生徒たちの前で話すとき、まるで私が馬鹿みたいに思える。説明を終えると、それで何するんだっけ、という声が聞こえる。西山さん西山さん、私たち何すればいい。声をかけてきた女子たちにもう一度説明する。学級委員はもう一人いる、教室の隅で友達と談笑している河合くん。彼は一度も委員会に出たことがない。ぶっちゃけクラスの代表とかめんどくさいよね、と言い放った彼に手を出さなかった私を褒めてほしい。
みんなだらだらと来週に迫った学園祭の準備を進める。進めるのはいいのだが、遅い。こんなペースではいつまでもゴールが見えてこない。河合くんは友達とゲームを始めた。どうしようもない馬鹿だ。
クラスのあちこちで座って喋ってるだけの人が増えた。説明した作業が終わったんだなと思って、次の作業の説明を始める。なんでこんなに効率が悪いんだろう。やれと言われたらやってくれるけど、彼らは所詮そこまでなのだ。気が利かないというか、機械的というか。事務作業なら彼らよりも断然コンピュータにお任せしたいところだ。一つのことをやれと言われて一つのことしかやらないのなら、機械と同じだ。だったら正確なコンピュータのほうが良い働きをする。でも、これはあんたたちがやりたいって企画したお化け屋敷でしょう、先のことを考えて少しは自分で動いてよ。そう思うけど、そうしたらただのうるさい学級委員というレッテルがはられるだけだ。そんなのはごめんである。

「由里ちゃん、眉間に皺寄ってるよ」
「そりゃあ、寄るでしょう、こんなだらけた空気じゃ」
「こんな中でも頑張る由里ちゃんは本当いいこだよ、よしよし」
「広瀬くんさあ、私のこと子供扱いしてるよね、早く作業に戻ってよね」
「あー、俺、由里ちゃんの手伝いしに来たの。こいつら使い勝手悪くて困ってるでしょ、俺が由里ちゃんの右腕になるよ」
「広瀬くんは口が悪いとこだけ、惜しいよね」
「それ沙織にも言われる」
「うん、そんな感じする」
「…由里ちゃん、ヤキモチ妬いてよ、彼氏が他の女呼び捨てしたんだよ今。聞こえてる?」
「聞こえてるよ、だって沙織は広瀬くんの幼なじみでしょ。それより次の作業の説明しといて、私、段ボール取りに行ってくる」
「力仕事なら俺がするから、由里ちゃんは説明しててよ」
「でも」
「任せて、行ってくるね」
「…ありがとう」

広瀬くんの踏み潰された上履きのかかとがぺたんぺたんと音をたてる。広瀬くんと一緒に彼の友達数人が段ボールを取りに行ってくれたらしい、ありがたい。広瀬くんのグループの男子たちは基本的に優しいし、頭が良くて、私は好きだ。
小さい子のように手を振る広瀬くんに私も手を振りかえすと、視線を感じた。有紗だ。あの子の相手をするのはとても面倒くさい。構うと厭味を言われるし、放っておいても陰で厭味を言われる。だったら放っておく方が楽で良いんだけど、こうやって見られてるのも困る。沙織もまだ有紗と一緒にいる。言葉は悪いけど、沙織の相手をするのは、子守のようだと思う。長いものには巻かれるタイプなのだ、彼女は。どうもあのグループは私に合わないらしく、先日抜けたばかりの私と付き合うことになったのが、広瀬くんだ。彼は優しい、けれど口が悪い。私も良くはないけど、彼は思ったことをすぐに口に出してしまうから揉め事を引き起こしやすい。でもあっという間に仲直りしている彼を見ると、いいなあと思うのだ。私も、あんな風になれたら、いいのに。

「由里ちゃーん、はい段ボール」
「ありがとう、結構進んだから一旦休憩ね」

休憩ー、とだらしなく語尾が伸びた広瀬くんの声で、みんな作業をやめる。やめるスピードは早いのにな。厭味っぽい考えに、自分でも自分に呆れる。こういう言い方は好きじゃないのに。また眉間に皺、と私の眉間に触れる広瀬くんの手は相変わらず優しい。他の人にももっと優しい言い方をしてくれたら良いのに。

「由里ちゃん、自販機行こう、喉渇かない?」
「うん行く、…手つなぐの?」
「だめ?」
「…いいよ」
「それはよかった」

でもやっぱり、私以外に優しい広瀬くんは、あんまり見たくないな。心を許すものだけに優しい彼のままでいい。そうじゃないと、心が狭い私はきっと嫉妬してしまうだろうから。

「あの、西山さん、おつかれさま、休憩後も頑張ろうね」

自販機に向かうため教室を出ようとしたとき、声をかけてくれた子がいた。あまり喋ったことのない子。広瀬くんによると、沙織は、グループから抜けても私は動じてないと思ってるらしいけれど、そんなわけない。簡単に出たり入ったりできるほど、私たちの関係は易いものじゃない。そんなの沙織もわかってるはずなのに。それほど、私は強く見えてるのかな、違うんだけどな。慣れない子に戸惑う私を、広瀬くんは笑った。
小分けの袋に入っているクッキーをその子から受け取る。ありがとうと言うと、なぜかその子が笑顔になった。どうしよう、嬉しい。自販機に向かう途中ももらったクッキーを眺めていると、広瀬くんが良かったねと言ってくれた。
悪いところばっかり見て、落ち込むのはもうやめよう、疲れちゃった。嬉しいことだってあるじゃない、手をつないでくれる人だっているじゃない。手の力を強めると、広瀬くんも握り返してくれた。私はこの人を大事にしよう。この人が愛するものも大切にしよう。大切な人が大事だと思うものを守っていこう。そうすればきっと、いつか私も今より優しくなれるよね、なりたいな。
広瀬くんと共にゆっくり、しかししっかりと、私の足は前に進む。