私の道徳 | ナノ
悪いの、だーれだ。
社会にはルールがあり、マナーがある。先生は規則だなんだといつもうるさいけど、私たちだってただの馬鹿じゃないんだし、そこらに生えてるだけの雑草とも違うから、ちゃんとそれくらい考えている。と言うか、大人より私たち高校生のほうがルールには詳しいんじゃないのかなって思う。クラスの中でも、グループの中でも、必ず首位と下位がいて、暗黙の了解があって、私たちはうまくその中で動いている。本当に、上手に。大人はそんな私たちを見て、私たちが子供の頃はもっと皆自由に遊び、豊かな心を持っていた、とか言うけど、なんだそれ。じゃああんたはきっと空気の読めない子供だったんだよ、以上。
順位のない世界など知らない私たちは、いつだって何かに怯えては満足して、多分そうやって次へと繋いでゆく。先生たちの中にも政治家の中にも派閥はあるらしいし、本当私たち人間って馬鹿だと思う。どうしようもないよね、まじで。

有紗は可愛い。可愛いし、スタイルも良いし、取っ付きやすいし、男子の下ネタにも上手に反応するから、もてる。故にどこにいても、有紗はトップだ。ただ、馬鹿なのだけはどうしようもないんだけど、高校生男子なんて女の子の内面を見つめられるほど出来てないから、とりあえず有紗の高校生活は輝くものになるんだろうなあ、とぼんやり思った。
私の属するグループは馬鹿の集まりだ。有紗とか、彼氏ほしーいとでかい声で叫んでる夏美とか、一生懸命マスカラ直してる美奈とか、新発売のポッキー食ってる真由子とか、さっきから携帯いじってる私とか、馬鹿ばっかりだ。私たちは基本的に、だらだらしてるか、男の子と遊ぶか、どうやって自分を可愛くみせようか悩むか、そのどれかだ。趣味とか特技とかは特にない。すべてが人並み。そろそろ自分にも飽きがきている。みんなそうだろう。

「沙織、広瀬くんとどうなったの」
「どうもなってない」
「うそだあ、日曜、二人で出掛けたって言ってたじゃん」
「特になにもないし」
「なにそれつまんなーい」
「ていうか広瀬とは幼なじみなだけだから」

夏美は浮いた話題が好きだ。地に足のついていない生き方のやつはたいてい浮いた話題が好きだ。私もだ。つまんないとか知らないし。あんたのほうがつまんないし。そう思ってるけど、言わない。空気が読めないやつは集団から弾かれるというのが、暗黙のルールである。由里はそうやって弾かれたうちの一人だ。私はそうはなりたくない。一人にはなりたくない。弱虫と言われようと、性格が悪いと言われようと、かまわない。そんなこと、私が一番わかっている。
由里がはぶられた原因はなんだったっけ。思い出せない。でも、とても下らないことだった気がする。由里は私たちのグループから抜けても、何事もなかったかのように違うグループに溶け込んだ。ああそうだ、思い出した。由里は、有紗の好きな人を奪ったんだ。いや、奪ったって言い方は良くない。だって有紗はその時その人の彼女でもなんでもなく、ただ好きだっただけなのだから。つまり、有紗と由里はライバルで、ただ単に有紗が負けたというだけのことだ。
有紗はすごくいやらしい方法で周りを牽制する。私、○○くんが好きになっちゃったんだよね、みんな協力してよ。その言葉に誰も逆らえない。逆らったとしたら、由里のようにこのグループから弾き出されるだけだ。由里はもともとクラスのどの子とも付き合いが良かったから大して堪えてはないようだが、私は違う。男の子に対する社交性は多少あるかもしれないが、グループ外の女の子に対する社交性はほぼない。

「沙織ってさあ、好きな人いないの?」
「は、なんで」
「なんか淡白っていうか、クールじゃん」
「そうかな、まあ、今のところ誰とも付き合いたいとか思わないけどね」
「信じらんない、よく耐えられるね」
「なにを耐えるの」
「えー、なんか彼氏ほしいなあーとか思うじゃん、寂しいじゃん」
「いやー…今そういうのめんどくさくてさあ」
「えー意外ー。沙織、前までわりとどんなタイプの男でも仲良くしてたじゃん。選んでんのかと思ってた」

そんなわけねえだろどんだけ上から目線な女なんだ私は、というようなニュアンスの言葉をもう少し柔らかくして言いつつ、曖昧に笑った。馬鹿が。あ、絶対今の笑顔引き攣ってる。基本的に私はこのグループ全員を馬鹿にしているので、笑うときには、無理矢理な笑いになっていないかと気を遣う。しかしこれは引き攣ってしまう。夏美はあほすぎて、彼女が真剣に話せば話すほど、内容の薄っぺらさが際立つ。いつもそのあほらしさで笑っているが、こいつはこんなんで社会に出ていけるのかと不安に思うと、つい顔に出てしまう。

「沙織、広瀬くんと出掛けたの?二人きりで」

しかしそんな心配は一瞬で消えた。もっと大きな問題が発生したからだ。

「なに、有紗、まさか疑ってるの」

声は上ずっていないだろうか。すっかり忘れていた。有紗は広瀬が好きなんだった。それにしても、私に詰め寄るのは間違いだ。広瀬が今付き合っているのは、由里なのだから。不毛な恋だ。

「そんなわけないでしょ、ただ、広瀬くんには、彼女がいるじゃない」

その由里をこのグループから追い出したのはあんたなのに。思わず睨みそうになってしまった自分を抑える。私は、失敗しない。このくだらないグループに卒業まではいるつもりだ。卒業するまでの、辛抱なんだから。

「あんまり近寄らないほうがいいかもね」
「そうそう、見せつけられるのも困るし」
「だよねー」

有紗は笑顔。すごく、ほっとした。本当は広瀬と由里が一緒にいるところを見たくないだけのくせに、自分が傷つきたくないだけのくせに。汚い言葉はいくつでも出てきた。私が汚いからだ。弱虫なのを隠して他人を見下している、卑怯な私。
広瀬と由里がずっと円満だと良い。由里は知らないだろうけど、私は由里に憧れていた。こんなつまらなくて冷たいグループ、もう抜ける。そう言った由里についていきたいとも思っていた。私も、由里みたいにはっきり言えたらいいのに、いつもそう思っていた。出来なかった。だって私、このグループの下位だもん。どんなに変わりたくても、変われないんだよ。有紗みたいなポジションにも立てない、由里みたいな態度もとれない、じゃあ私はどうすればいいの。私、悪くないよ。だから、おしえてよ由里、たすけてよ由里。
卒業まで、あと少し。私は、終わりが来る日を待ち続ける。本当は、こんなの全部ぶっこわれてしまえと思っていた。
あんたが変わればいいんだよ。いつか由里が言った言葉が頭の中をぐるぐる回って、そして、消えた。