(平介と海藤)



認めたくない恋をしている。これは恋じゃない、恋じゃないと言い聞かせる。だって、おかしい。こんなの普通ではない。大嫌いなんだ、あのひとのことなんか。


「これで全部です」

頼まれた資料を職員室に運ぶと、ありがとう、と微笑まれた。この先生は誠実でとても好きだ。僕が100で送ったものを100で返してくださる。そうあるべきだ。それが世界の真実だ。

職員室を出ると、向こうの方から歩いて来る影が見えて、とっさに物影に隠れる。何をやっているんだ、と思いながら息を潜めて三人が通りすぎるのを待つ。今から帰宅するんだろう。楽しそうに、会話をしながら。

(……僕は愚かだ)

そして醜い。声が遠ざかったのを見計らって、隠れるのをやめる。階段のように並ぶ三人の頭。ふわふわと揺れる真ん中の頭。

無意識に握りしめていた拳を解く。情けない。認めたくない。あの人なんか、僕は見ていない。


教室に戻り鞄を掴む。このもやもやとした感情を早く振り払わなくては。しかし吐き出すところがわからない。いままでは、吐き出さなくてもやってこれた。そんな感情に出会ったことなどなかった。そんなもの、……知らなかった。

「あ」

教室を出たところで、なぜかさっき下校したはずの平介先輩にばったり出くわす。なんで。だ。このひとは、ほんとうに。

「奇遇だねえ」

「……なん、で、いるんですか、しかも一年の教室に」

「いや、今日移動教室でね?忘れ物したから、取りに来ただけなんだけど」

「そうですか」

「そうですよ」

しばらくの沈黙。それじゃ、と横をすり抜ける先輩に、何か声をかけないとと口を開くも、伝える言葉は何も持ち合わせておらず息だけが冷たくことんと落ちた。机の中をがさがさと漁る先輩を見て、もやもやは募る。もやもや、僕は、認めない。死んでも認めるものか。大嫌いだ。大嫌いなのに。ああ、もやもや、もやもや、

「先輩は愛されたくはないのですかっ」

「え」

言ってから、はっとする。もやもやを吐き出した。それもよりによって、このひとに。

「あっ、いやっ、いまのはっ」

「そのさ、愛とかって、そんなに重要?」

「、は」

「愛して、愛されて、そうしなきゃ君は生きていけないの」

「え、あ、いや、ぼくは」

「しんどくない、そういうの」

しんどくない。愛したり、愛されたり、そういうのって、しんどい。?

先輩がまた、僕の横をすり抜けて、廊下を歩いていく。何か言わないとと思って息を吸うと、喉に詰まって咳込んだ。吐き出したはずのもやもやが、倍になって、冷たさを増して、返ってきた。ひゃくが、ひゃくにじゅう、に、なって、

「っ、ひ、」

あなたに愛されたいんですよ、先輩。愛すことは、一方通行は、とてもしんどいですから。





かなしみはどこへ



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