(男鹿と古市・死神パロ)



「お兄ちゃんっ、お弁当忘れてるー!」

靴を履きかけたところでそう言われ、あわててキッチンに戻る。呆れたような顔のほのかが弁当を突き出していた。

「いい加減にしなよね、そんなんだからいつまで経っても彼女できないんだよ」

「てめっ、気にしてんだからいちいち言うなよ……」

「だってほんとのことでしょ」

可愛くない妹だな!と悪態を吐き、弁当を鞄に突っ込む。そのまま家を出ようとすると、後ろをほのかが着いてきた。

「お兄ちゃん」

「どしたー?まさかおれまだ忘れ物してる?」

「……ごまかさないでよ」

「……何が?」

唇を噛み締めたほのかがおれを見る。おれはすぐに目線を外して、へらりと笑って右手を振る。

「いってきます」

ドアを閉める。ほのかはまだおれを見ていた。


外は完全に冬の装いで、吐く息が白い。マフラーに顔を埋め、足早に学校へ向かう。何でも今年は例年にも増して異常気象だそうで、まだ年も明けていないのに雪が降るらしい。しかも、大雪。もう雪に喜ぶ年ではなく、むしろげんなりする。コートも出さないとな。

学校に着くとそれなりに親しくしている友人が声をかけてくる。おはよう。おはよう。他愛ない言葉の掛け合い。おれの顔に張り付く笑顔の仮面。

少しの震動と、天井から聞こえるがたがたという音に気を取られていると、気の利く友人が教えてくれる。屋上、工事するんだってよ。大雪で貯水タンクが壊れたらやばいから、ってビビった校長が決めたらしーぜ。

「……へえ」

チャイムが鳴る。おれは席に着く。


昼休み、通い慣れた階段を上がり屋上へ向かう。工事の騒音。少しだけ揺れる足元、立入禁止のテープ。それをくぐり抜け、ドアの前に立つ。工事用に付けられたと思しき新しい金ぴかの鍵。ポケットにあった鍵を差し込む。入口のところで突っ掛かる。

(何やってんだか)

何も言わない鉄のドアに跳ね返されて、うずくまりそうになったのを堪える。手の中で鍵を持て余し、つまらないほどちっぽけなものだと自覚する。ほんと、何やってんだ。

目についたところにごみ箱があったので鍵を放り投げる。もう必要ない。


少し暗くなった帰り道を一人で歩く。厳しい寒さは思考能力を低下させ、ぼんやりとした意識しか残さない。信号の赤が目に入って、あわてて足を止める。最近こういうことが多くなった。不思議な浮遊感。地に足が付いていないような感じ。

周りがざわめいていることに気がついて顔を前に向ける。横断歩道の真ん中に、白い猫が横たわっていた。その毛並みを赤く染めて。

信号が変わる。その猫の周りだけ人が避けて通る。おれは正面で立ち止まる。ぶつかった人の盛大な舌打ちが聞こえた。内臓が引きずり出され、完全に事切れた白い猫をじっと見つめる。

ひざまずいて、猫を抱え上げる。うわ、という声が聞こえたが気にしない。学ランに血が付くことも構わず、ぎゅっと抱きしめる。そのままゆっくりと歩く。おれの周りからも人がいなくなる。思考能力は低下する。

いつかの公園で、おれはまた穴を掘っていた。無心でひたすら穴を掘る。爪の間に土が入っていたが痛いとは思わなかった。冷えてかちかちになった体を、そっと穴に埋める。上から土をかけて、ふっくらとした上に木の棒を刺す。手を合わせ、目を閉じる。



「おまえ、変だな」



「っ!」

振り返って、誰もいない現実に絶望して、そんな自分に呆れる。なに、期待してんだ。まだ、待ってる、なんて。

男鹿は、あの夜が明けても帰ってこなかった。気がつくとおれはベッドで眠っていて、あいつの痕跡はひとつもなかった。ほのかが心配して部屋を訪ねてきたから夢ではない。男鹿は、いなくなった。

なあ、男鹿。いろんなものが、無かったことみたいに消えてくよ。黒い猫のお墓に置いた石も、高島に殴られた傷も、初めておまえに泣かされた屋上も、まるで最初から無かったことみたいに消えていく。忘れたくないのに、消したくないのに、いつの間にか落っことしてる。

おれたちが一緒にいた時間も、おまえの中では無かったことみたいになってるのかな。おれは違うよ。無かったことにはできないよ。おまえのこと、忘れられないよ。でもおまえは違うのかな。死神、だから。

膝を抱え込んでうずくまる。言ってはいけない言葉を(一生言えないことばを)喉の奥で潰す。おまえ、ほんとなんなの。死神のくせに優しくて、おれのピンチをいつだって救ってくれる。おれまだ、お礼してないよ。さっさと決めて戻って来い。

「……おまえがいなきゃ笑えねえよ、バカオーガ」

会いたいも、好きだよも、何一つ言えないままで。涙は少しもこぼれなかった。









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