(男鹿と古市・死神パロ)



息が切れる。真夜中の学校に侵入するのは容易かった。前から目を付けていた抜け道があるのだ。そこを通り、勝手に作った合鍵で屋上のドアを開ける。冷たい風が吹いて身震いする。やっぱ学ラン着てくればよかった、と少し後悔した。

誰もいない屋上でひとり、空を見上げる。寒い夜は星がよく見える、と聞くが、それは本当だった。澄んだ空気、先の見えない闇。怖くはなかった。なぜならその黒は、おれの大切な色だからだ。

柵に手をかける。ひやりとしたそれがやけに意識をクールにさせた。そっと口を開き、呟く。

「男鹿、」

おれの大切なひと。大切な名前。

「男鹿、いるんだろ。出てこいよ、バカオーガ」

「……バカは余計だ」

振り返る。ドアの近くに立つ黒い影。こつりこつりと靴を鳴らし、月明かりに顔が照らされる。

「アホ市、なんで」

「なんでじゃねーよ、かっこつけやがって、バカ!バカオーガばーかばーか!」

「なっ……」

「……ほのかに、聞いた」

あのバカ、と男鹿が吐き捨てる。男鹿は、さっきほのかに会いに来ていたのだ。真夜中に来るなんて常識はずれだが、死神に常識なんて適応されない。

ほのかは口止めされていたらしいが、ぽつりぽつりと話しはじめた。男鹿が自分の部屋に来たこと、おれにごめんって伝えてほしいと言われたこと、そして。

「……二度と会わないって、どういうこと」

もう来ない、と言われたそうだ。もう迷惑かけないから、と。なに言ってんだよ、迷惑かけてんのはおれの方なのに。

「そのまんまの意味だっつの。もうおまえには会わないし干渉しない。上に帰る」

「なんで」

「……面倒になったんだよ。おまえ、意味わかんねーし。ただ退屈だったから遊んでやってただけで、そんな感情移入されてもウゼーだけだ。泣き虫の弱虫でからかってやったらおもしれーだろ、ぐらいの気持ちで」

「嘘つき」

今度は、本気で言う。まっすぐに男鹿を見据えて、その瞳を捕らえた。絡まる視線、嘘なんかつかせない。

「そんなの、全部嘘だ」

「……嘘じゃねえ」

「おれにはわかる」

男鹿はしばらくそのままで、やがて諦めたようにため息をついた。

「おま……何なんだよ、ひとがせっかく、……、ああ、もー、俺のこと嫌いになったんだろ?だから離れてやろうと、思ったのに、……なんか、……あー」

「ごめん、男鹿」

「いや、謝んなよ。おまえが言ったことは事実だし。覚悟なんかねえくせに、考えなしだった」

「やだ、謝らせてよ。ごめん、ごめんな男鹿。おれ、男鹿の気持ち、ほんっとに、わかってなかったんだよ。アホだから。酷いことも言って、傷つけて、ごめん。でもおれさ、……おれ、ほんとに伝えたいこと、あったんだ」

自分の気持ちを伝えることは怖い。今にも崩れそうだ。それを思うと、高島はなかなかつわものだったんだな。あれ、関係ないか。まあいい。

「男鹿、おれ、おまえが」

好きだ、と言おうとして、ひゅっと喉が鳴る。思い切り咳込んで、膝を付く。男鹿が、眉をハの字にしておれを見ている。なん、で。

「……古市、おれとおまえは、違う」

「げほっ、……な、にが」

「死神と人間が交わるなんて不可能なんだよ」

目を見開く。背中から生える黒い翼。久しぶりに見たその翼は、まるでおれたちの違いを示すように、はためく。

「その言葉は、口にしちゃいけねえ。禁断の台詞なんだよ」

なんで。言うことすらままならないなんて、そんな馬鹿げたことあるか。そうは思うのに、口はパクパクと動くだけでなんの音も発さない。なんで、どうして。伝えるだけでいいと思ったのに。それ以上何も望まないと。

なのに、ひでーよ。神様、いや、死神様?

唇を噛んで立ち上がる。初めて見る男鹿の情けない表情。泣きそうな顔。なんでそんな顔してんだよ、泣きてーのは、こっちだっつーの。

「なあ、男鹿。死神って、魂を回収すんのが仕事なんだよな」

「え、ああ……そうだけど」

「なら、おれが死んだら、おまえが連れてってくれんだよな?」

「……てめえっ!」

柵を乗り越える。この高校の柵は低い。まるで自殺志願者を受け入れる聖なる門のように。おれは違う。自分の生を諦めたりなんかしない。

でもさ。おまえがいなきゃ生きてる意味ねえんだよ。笑っちゃうだろ。

慌てたような男鹿の声が後ろから聞こえるが、間に合うはずが無い。おれはまるで空を飛べると錯覚しているかのように、軽やかに、飛んだ。


「……んだよぉ……飛べねーって、言ったじゃん……!」

暗闇に浮かぶ、黒い羽。きっと下から見てもおれたちの姿は見えないんだろう。落ちるはずの体は男鹿の手によって抱かれ、宙に浮かんでいた。男鹿の翼がばさりと舞う。嘘つき、嘘つき。飛べないんじゃないのかよ。雰囲気だって言ったじゃねえか。

「っ……なあ……なんで連れてってくんないの……なんで、おれも一緒にいかせてくんないのっ……?おれ、おまえと一緒にいたいよ……一生守ってくれる、って、言ったじゃん……っ!」

「……古市」

視界が歪む。ああ、また、困らせてる。わがまま言ってる。でも、譲れない。おまえがおれの生きる意味、理由なんだよ。だから。

「っごほっ、げほげほっ」

好きだ。言えない。たったひとつの言葉なのに、どうして伝えることができない。おまえに聞いてほしいのに、伝えないと、いつまでも内に篭っていつしかおれが燃え尽きてしまう。おまえに伝えたいこと。好きだよって、そう。

「ふっ……お、があっ……いかな、で、っ、いかないでよ……っ!」



その夜を境に、男鹿は完全に姿を消した。









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