(男鹿と古市・死神パロ)
泣きつかれて帰宅すると、母さんにものすごく心配された。まあ、高一の息子が目を腫らして帰ってきたらそりゃ心配するか。晩飯は断って部屋に戻る。何も食べる気がしなかった。
部屋は静かだった。当たり前だ。今までは、これが日常だった。鞄と学ランを脱ぎ捨て、ベッドにダイブする。枕に顔を埋め、ため息。
男鹿は戻ってこなかった。あれは喧嘩、なんだろうか。よくわからない。男鹿はおれに愛想尽かせて死神の世界へ帰ってしまったのかもしれない。そう思うとまた視界が歪んで、鼻をすすった。
言わなければよかった、あんなこと。男鹿にずっといてほしいと願うのはおれの勝手だけど、男鹿にもきっと男鹿の人生がある。死神の世界で恋人なんかがいたかもしれない。なのに、おれがお礼をしたいからって引き止めた。あまつさえ、嘘つき呼ばわりもした。酷いことも、無茶なことも。
「……あー、くそ」
意味わかんねえ、って思っただろうな。男鹿にしてみればおれはその他大勢の人間の中のひとり。魂を回収する候補のひとりでしかないんだ。でもあいつは優しいから、今までおれに付き合ってくれてた。それだけでも喜ぶべきだ。
あいつの優しさは嘘じゃない。でも、優しい嘘だったような気がしてならない。全部、嘘。優しいから。おれをひとりにさせないために、あんな言葉を紡いでくれた。それなのに、最後の最後であんな無茶苦茶言って恩を仇で返すような真似して、おれはなんて酷いやつなんだ。
もう、帰ってこないんだろうか。窓の外を見る。とっぷりと暮れた闇。男鹿の瞳を彷彿とさせる。世界はおれに厳しい。後悔ばかりがおなかの辺りをぐるぐる回った。
男鹿、ごめん。せめて、謝らせて。おまえに謝りたいことあるよ。それから、言いたいこともある。どんな顔するかわかんないけどさ、聞いてほしいよ。それだけ言えたら、もう悔いはない。死神の世界に帰っていいから、だから、それだけ、言わせてよ。ねえ、男鹿。
夢だ。それがわかるのは、体がぷかぷかと浮いているから。真っ白な世界でひとり、おれは宙をたゆたっている。
声を出してみる。しかし、音は聞こえない。ぷかり、と泡が浮かぶだけで、ここは海の中なんだと知る。息ができるのは、やっぱり夢だから。
向こうの方から、黒い点が泳いで来る。よく見るとそれは黒い金魚で、すいすいと、自由そうにおれの周りを泳ぐ。鼻をかすってから旋回し、正面に来る。
おまえも、ひとりなの。
金魚は肯定するようにヒレを揺らす。そっか。おれもひとりだよ。正確には、ひとりになってしまったんだ。
すると、おれを慰めるように金魚はひらひらと泳いで、時折おれに触れる。金魚なのに、触れても大丈夫なのかよ。金魚ってたしか、人間の体温に触れたら熱くて死んじゃうんじゃなかったっけ。近づいて来る金魚から距離を取る。けれど、何度でも近づいてくる。危ないったら。死んでしまうかもしれないんだよ。
そのとき、はっとする。もしかして、男鹿もこんな気持ちだった?おれのことを思ってくれていた?触れたら死んでしまうから、だから。なのにおれはそんなことも考えずに、ただ自分の感情で、傷つけて。
愕然としているおれを心配したのか、金魚が顔の近くを泳ぐ。なんかおまえ、男鹿みたいだな。真っ黒だし。伝えたいことがあるから、早く戻ってこいよ。それだけでおれは、
……本当に?
ごぼり、と急に息が苦しくなる。溺れる、光が見えない。薄れる意識の中、問い掛ける。ねえ、おまえと一緒にいたいなら、おれはどうすればいいかな。おまえと一生一緒にいるには、どうすればいい。
男鹿、おが。ねえ。
「っぷは!」
「お兄ちゃん!」
新鮮な酸素が肺いっぱいに広がる。血液が循環していくのがわかった。最初に認識したのは心配そうに覗き込むほのかの顔だった。
「ど、どした、ほのか」
「どうした、って、お兄ちゃんがうなされてたから……」
時計を見ると夜中の二時だった。外に聞こえるほどだったのか、と申し訳なくなってほのかの頭を撫でる。
「ごめんなほのか、ちょっと嫌な夢見て」
「……男鹿くんの夢?」
「え、」
ほのかは言いにくそうにしながらも、何かを決意したような顔でおれを見た。そういえば、こいつも男鹿に似ている。まっすぐで、優しい瞳。
「言うな、って言われたんだけど、実はさっきね」
ほのかの言葉が耳を抜けて、頭に入らない。ただ、無意識のうちに走り出していた。