(男鹿と古市・死神パロ)



それは、突然だった。

「あれー、古市じゃね?」

げ、という言葉を飲み込んだことをどうか褒めてほしい。昔と変わらずにやにやと気分の悪い笑みを浮かべたそいつは、同じく下卑たやつらを引き連れていた。

「やー、人違いじゃねっすか?」

「何言ってんだよ古市ぃ、中学んときあんだけ可愛がってやったろ?」

「……はは、お久しぶりっす、高島さん」


高島と言うのは中学のときの先輩である。もちろん仲良くなんてなかったし、そもそも中学の頃は人に関わるのが嫌だったから深い付き合いをしたつもりもない。ただ、向こうは一方的に構ってきた。いわゆるからかいの対象だったんだろう。自分がそういうのにもってこいの人種だったことはわかっている。

面倒なやつに会った、というのが正直なところだった。こんなときに限って、死神は例の魂回収とやらでいない。まったく使えないバカオーガめ。いたとしても、どうせ見えないから一緒なんだけど、あれだ、気の持ちようってやつ。

「学校帰りかあ?相変わらず真面目でキンベンだな」

「いや、それほどでも」

「お、なんだなんだ、高島の後輩かよ」

「そうなんだよ、仲良くしてたんだよなっ、古市」

「あー、まあ、そっすね」

気がつくと周りをぐるりと不良共に囲まれていた。七人。一瞬は切り抜けられても、すぐ追いつかれるだろう。

高島の息が耳にかかり、肩に手が乗る。気持ち悪い、と、逃げられない、が同時に来た。

「じゃあ、ま、古市くん、久しぶりに遊ぼっかあ」

腕を強く引かれながら、財布を家に置いてきてよかった、とそんなことを思った。


「っ!」

「あれー古市、おまえ中学んときよりか細くなったんじゃね?」

おれがか細くなったんじゃなくててめーらの発育が無駄に良すぎんだよ、と心の中で吐き捨てる。路地裏に連れ込まれたおれは案の定リンチにあっていた。体中がぎしぎしと鳴っている。喧嘩弱いっつーのに、こんなやつボコボコにして何が楽しいんだか。

誰かに背中を蹴りあげられて壁に体を打ち付ける。血の味がした。このままじっとしておけば、やり過ごせる。今までもそうだった。それが情けないおれに出来る最善のこと。自分より弱い存在に愛想を振り撒くことは容易いけれど、目の前に立ちはだかる壁からは顔を背ける。そういう生き方をしてきた。

髪を掴まれ、無理矢理上を向かされる。高島と目が合う。濁った目。どうしようもないやつの目。

「おい古市、もうちょっと楽しませてくんねーとよ、退屈すんだろ?ああ、それともあれか、昔みたいにまたこの気持ち悪い髪、散髪してほちいんでちゅかー?ハハハハ!」

うんざりする。恐怖とかはさほどない。ただ、うんざりするだけだ。高島にも、おれ自身にも。

「……っぜ」

「あ?今なんか」

唾を吐きかける。血が混じって少し赤くなったそれは高島の左頬に見事命中し、たらりと筋を付ける。

「うっぜーって言ってんだよ。外見でしか人を判断できねえ低脳が。おまえらみたいなのと付き合ってるとこっちまでバカになるので、そろそろ解放してもらえます?」

「……古市、おまえ……よっぽど死にてえみたい、だなっ!」

思い切り殴られて目の前がちかちかする。あー、バカなことした。いやアホか、とぼんやり考える。こんな風に反論したことなんかなかった。じっと黙って、堪えて、情けない自分を責めた。けどあいつは、そんなおれを信じると言ってくれた。付き合ってくれると言った。それならば。

おれもおれを信じてあげたい。格好悪いとこばっか見せてられない、よな。

これだけボコボコにやられてる時点で格好良くはねえけど。喧嘩弱いってほんと損だ、しかも数が違う。手加減の無くなった拳や蹴りが飛んで来る。多分、ほとんど高島だ。逆上する、ガキ。あ、なんか、反論するってなかなか気持ちいいかもしれない。

「調子に乗りやがってっ、自分の立場わからせてやるっ!」

「っ、は、自分の立場って、っなんだよ?おれの立場、なんか、っおれが一番わかってる、っつーの。先輩なんかっ、に、教えてもらわなくてもっ、間に合ってますよ、っ!」

「うるせえ黙れ!」

「黙んのはそっちだ」

瞬間、高島の体が吹っ飛ぶ。何事だ、と顔を上げようにも体が軋んで言うことを聞かない。そのあと、何度か人を殴るような音がして、おれに対する暴力の雨は止んだ。何があったのかまったくわからずぽかんとしていると、体を引き起こされる。

「おい古市、生きてっか?」

「え、あ……お、おが?」

目を殴られたので視界が半分ぐらいしかなかったが、この真っ黒加減と声は間違いなく男鹿だった。長いため息のあと、頬をぺちりと叩かれる。

「あのな、おまえ喧嘩よえーくせに見栄張りすぎ」

「だ、だって、」

「だってもクソもあるか。いくら自分のためだからって、死んだら元も子もねーだろ」

「……」

「……マジで、心配した」

ぎゅう、と抱きしめられる。心配、かけた。そんなつもりじゃなかった。おれちょっとは強くなったよ、おまえに近づけたよって、そう言うつもりだった。

「おれが早くこっち来れたから良かったものの、来れなかったらどうするつもりだったんだよ」

「……ごめん」

「わかればいいんだよ、アホめ」

男鹿の腕の中はあったかくて、不意に泣きたくなった。おれ、安心してるんだ。男鹿が来てくれたこと。助けに来てくれたこと。

そういえば、あの時もこんな風な路地裏だった。おれがピンチになるといつだって来てくれる。まるで男鹿はおれの、

「ってぇなあ……おい古市、今のは何のまね事だ」

倒れていた高島がゆらりと立ち上がる。また拳を握りかけた男鹿を抑えて、なんとか自分の力で立ち上がる。情けなくても、格好悪くても、自分でやらなきゃ意味がないと思った。

「……高島、先輩。もういい加減、おれに付き纏ったり、カツアゲとかすんのやめてください。いい年してダサいっすよ」

「ってめえ!」

「あと」

まっすぐに見据える。男鹿を真似るように。瞳に嘘偽りがないことを示すように。

「おれ、あんたのことこれっぽっちも好きじゃないんで。諦めてください。じゃ」

それだけ言い残して、踵を返す。最後の一言が言えただけで、肩の荷が下りた気がした。


「いやいやいや、まてまてまて」

帰り道、ぼろぼろのおれの横を歩く男鹿が堪り兼ねたように叫ぶ。うるせーよバカ、頭痛い。

「好きじゃないとか諦めるとか、は?意味わからんぞ」

「だから、高島先輩ってホモで、おれのこと好きだったんだよ」

「……は!初耳なんですけど!」

「そりゃまあ、高島先輩の話自体しなかったもんな。大っ嫌いだけだもんあんな下品な不良」

告白されたのは中二の春だ。丁重にお断りしたのにそれからも何かと絡んできて、ほんっとーに、ウザかった。

「でもあいつおまえのこと殴ったりしてたじゃねえか」

「あー、そういう性癖なんじゃない?中学んときからよく殴られてたし、他にも好きってびっしり書いた手紙もらったり、ストーカーみたいに家まで付けられたり、体育館倉庫で押し倒されたり」

「押し倒っ……」

「犯罪だよなあ」

「……なんかおまえ、壮絶な人生送って来たんだな」

「そうか?」

なぜかおれよりショックを受けたような表情で肩に手を置かれる。さっきの高島とは違う、黒い手袋に覆われた優しいてのひら。

「男運がないなーぐらいにしか思ってないよ。タイプとか性別とかは置いといて、誰かに好きになってもらえるって嬉しいし。でも今度は、おれも好きになれるひとがいいなー!優しくて、おれが悩んでるときには手を差し延べてくれて、いつも側にいてくれる。そういうひと」

一瞬、何かが引っ掛かる。あれ、なんだ。

「……ま、せいぜい頑張れや」

「えっ、……、た、他人事かよ!」

おれを置いてさっさと行ってしまう男鹿を眺めながら、さっきの違和感の原因を探る。何が引っ掛かったんだろ。別に何も、たいしたことは言ってないぞ。

頭の中で言葉を反芻する。男運がないな、好きになってもらえるのは嬉しい、今度はおれも好きになりたい。

「……あ」

漏らした声に反応して男鹿が足を止める。

「どーしたー?うんこ踏んだか?」

「ちっげーよバカ!あ、あっち向いてろ!」

「はあ?先行ってんぞー」

顔に血が集まっていくのがわかる。熱い。ただでさえ出血してんのに、このままじゃおれ貧血起こしそう。

優しくて、おれが悩んでるときには手を差し延べてくれて、いつも側にいてくれる。そういうひと。それって、それって、それって。

(っ……まんま男鹿じゃんっ……!)

困ったことになった。









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