(男鹿と古市・死神パロ)
「てめっ、男鹿!おれのケーキの苺取ったろ!」
「取ってにゃい」
「何がにゃいじゃボケっ、思いっきり口もごもごしてんじゃねーか!しかもおれの部屋に置いててなくなったんだからおまえ以外に誰がいんだよっ!」
「窓から鳥でも入ったんじゃね?」
「しらばっくれるなー!腹すかねーくせにそういうことだけすんじゃねーよ、鬼ぃ!」
「いやー古市くんの残念そうな顔が見られて僕は満足です」
「何が僕だっ!」
「お兄ちゃん?」
はっ、と我に返ってドア付近を見る。ジュースを持った妹が、びっくりしたようにこっちを見ている。ま、ずい。男鹿がおれのケーキの苺を取ったことで頭がいっぱいだった。男鹿の姿はおれ以外に見えないから、つまり、おれはひとりでぎゃあぎゃあ騒いでいた変な兄貴というわけで。
なんとかごまかすために、男鹿を放ってほのかに近づく。古市貴之、一生の不覚。母さんたちに言われたら精神科行き決定だ。
「い、いや、な?ほのか。これはなんというか……」
「お兄ちゃん、友達来てたの?」
「そうそう友達!こいつスーツ着てるけど実は友達で……って、え?」
ちょっと待て。友達?ほのかに男鹿は見えていないはずなのに?
「言ってくれたらケーキもう一個持ってきたのに。ごめんなさい、今持ってきますから、ちょっと待っててください!」
そのままぱたぱたと下に下りていく。何事もなかったかのように。まるで、男鹿が見えているかのように。
振り返ると、男鹿も目を点にしている。そしておれたちは、同時に同じ疑問詞を吐き出した。
「「……え?」」
「えーっと、ほのかちゃん。ちょっと聞きたいんだけどもね」
「……?」
男鹿の分のケーキとジュースを持って上がってきたほのかを招き入れ、三人で机を囲む。(ちなみに、男鹿のケーキの苺はおれがもらうもんだろ、と言うといつもの悪人面でにやにやしながら目の前で食われた。めっちゃムカつく。)
ほのかは何が何だかわからない、といった表情でおれを見ている。いやいや、それはこっちの台詞ですぜ。
「こいつ、見えてる?」
隣で少しだけ挙動不審になってる男鹿を指差す。当たり前でしょ、と言ったように頷く妹。露骨に顔を歪める死神。
「っなんでおまえら兄妹は……!」
「おっ、男鹿!どーどー!」
頭を掻きむしる男鹿を宥める。ほのかは頭にクエスチョンマークが浮かんだままだ。えーと、これも遺伝みたいなもんなんだろうか。死神が見える遺伝って、どんな遺伝だ。
「ほ、ほのか、あのな、こいつ男鹿辰巳っつーんだけど、ちょっと人見知りでさ!昔引きこもってたから、あんまり人目に付きたくねーんだ。たまにうちに来たりするけど、母さんとかには黙っててくれるか?」
「えー何それ……ただのコミュ障じゃん」
「こ、こみゅ?」
「古市俺なぜかこいつものすごくムカつく」
「落ち着け男鹿!ほのか、見ての通りこいつってちょっと変なんだよ。母さんたちに迷惑かけたくないし、兄ちゃんとの約束。な」
小指を差し出す。昔から、ほのかと約束するときはいつだってこうしてきた。
「……ちょっと、キモいんですけどー。私もう14歳だし、いちいち指切りとか……キモッ」
しかし最近は思春期だからか、してくれなくなった。兄ちゃんちょっと寂しい。しかもキモいって二回も言った。切ない。
「まあ、事情はわかったから……何でもいいけど、うちに迷惑かけないでよね、男鹿辰巳」
「てめっ年下のくせに呼び捨てにすんな!」
「わーわー男鹿っ!」
あかんべーをして部屋から出ていくほのか。年下って、その年下と本気で喧嘩してるのはどこのどいつだよ。
「古市っ俺あいつムカつく!あんなやつに姿見えてると思うと余計ムカつく!」
「ごめんって、反抗期なんだよ……つうか、おまえ年いくつなの?おれと同じぐらいだよな?」
「あ?死神に年なんかねえよ、ずーっとこの姿のままだ」
「えっ、そーなの?!」
「そうだよ。俺も知らねーうちに死神だったし、気づいたらこういうことやってた」
「……死神って、死なないわけ」
「は?」
余計な詮索はしないでおこうと思ったのに、思わず聞いてしまってはっとする。めんどくせーと思われた、絶対。と、男鹿を見ると、やけに真剣な顔で。
「……死神は、生まれたときから死神だし、死ぬときも死神だ。普通はこんな風に人間と馴れ合ったりしない。知らないうちに生まれて、知らないうちに死ぬ。そういうもんなんだよ」
「、……、あ」
「という説もある。」
「っはあ?!嘘かよ!」
はっはっは、と男鹿は笑うけど、それが嘘じゃないことぐらいわかった。ふざけながらも、今もまだ心臓がばくばく言っている。あんな真剣な男鹿、初めて見たかもしれない。
「……自分だって隠し事してるくせに」
「何か言ったか?」
「べっつにー」
おれにはいろいろ暴露させたくせに、男鹿にはどうも秘密主義なところがある。まあ、いいけど。どうせ言われても理解できねーだろうし。でも、言ってくれてもいいじゃん。寂しいだろ。
急に無言になったおれを怪しく思ったのか、男鹿が恐々近づいて来る。なんですか、おれは野性動物ですか。
「何不機嫌になってんだよ、アホ」
「アホじゃありませんし。もーいいです」
「はあ?意味わかんねー」
意味わかんねえのはこっちだし。なぜか無性に腹が立って、最後に思い切り歯を向いて男鹿の残ったケーキにかぶりついた。