(男鹿と古市・死神パロ)



それから、おれの部屋には死神が住み着くようになった。お礼してほしいことが見つかったらでいいよ、とは言ったものの、いちいち上に帰るのが面倒臭いらしい。親には見えないし、飯も食わない排泄もしないという便利な体なので、なんら問題はなかった。昼は一緒に学校へ行き、たまに寄り道して河原でのんびりして、夜は一緒にゲームをする。死神は眠気もないようなので、おれが眠そうにしていると知らないうちにどこかへ消えている。朝になると戻ってきて、また学校へ行く。その繰り返しだった。

ただたまに、ふらりとどこかへ消えるときがある。詳しく聞いたことはないけど、たぶん魂の回収とやらに行っているんだと思う。そのあとの男鹿はいつもより口数が少ない。だから、聞けない。死神でも、魂を回収するということに対して何か思うところがあるんだろうか。

そんな生活を、もう一ヶ月近く過ごしていた。


「なー、まだ決まらないの」

「死神だからな」

「答えになってねーし」

「そんなに困ってることがねえってことだよ」

今日は日曜日で、おれも用事が何もなかったので二人でまったり漫画を読んだりしていた。そもそも男鹿をこっちの世界に置いているのはおれがお礼をしたいからで、それが決まれば男鹿は死神の世界に帰る。

「それにせっかくお礼してくれるって言うんだからな、さてどんなことをしてもらおうか」

「その悪人面やめろって、こえーよ。……でもまあ、」

まだ決まらなくていいよ。

「……あれっ?」

「ん、どうした古市」

「いや、うん、なんでも、ナイ」

「?お、そこの漫画よこせ」

「偉そうにすんな」

漫画を手渡しながら、頭に浮かんだ言葉を反芻する。「まだ決まらなくていいよ」?まるで、決まってほしくないようなその言葉。なんだっておれはそんなことを。

「そういえば」

思考を遮るように、ベッドの下から男鹿が首を捻ってこっちを見てくる。相変わらず、こいつの瞳には弱い。

「今更だけど、二回助けられたってどういう意味だ?」

「え、」

「あんとき言ったじゃねえか、二回も助けられた、って。確かにオッサンからは助けたけどよ、猫からは助けてねーよ」

本当に今更だ。そんなこと覚えているとも思わなかった。これが男鹿相手じゃなかったら適当にいなすものの、どうにもそれができない。

おれは漫画を置いて、仰向けに寝転がった。

「んー…自分のやなとことか?」

「は?」

「あそこにおまえがいなかったら、あの猫も他のやつらと同じように見て見ぬふりして、自己嫌悪でいっぱいになってたと思う。だから、……なんてーの、そういう、自分の嫌なところを見ずに済んだっていうか、促してくれたっていうか……そういう、……、うん、あれだ」

「……おまえさ」

ベッドが沈む。少しだけ頭を起こすと、腰のあたりに男鹿が腰掛けていた。

「そうやって、よく自分のこと卑下するけど、何かあったのかよ。おまえから言い出して来るまで聞かないでいてやろうと思ったけど、限界だわ。たまに泣きそうな顔するし見てられん」

黒の手袋が、びしり、とおれの額にデコピンをかます。痛い。男鹿は無表情のまま、遠くを見ていた。ああこいつには勝てない、と思った。

「おれさー、昔いじめられてたんだよ」

ぽつり、と話す。男鹿はこっちを見ない。おれも天井に視線を向けた。

「肌も白いし、軟弱だし、何しろ銀髪だろ?小学生からしたら、いじめの対象には持ってこいで、しかもおれ喧嘩弱かったから反抗もできないし、まあ、されるがままだったわけ」

今でもたまに夢に見る。あの頃は本当に地獄だった。学校に行けば罵倒されて、殴られ、蹴られ、教師も知らないふりをする。髪を無理矢理切られたこともあった。

けれど、そんなこと誰にも言えなかった。親には心配をかけたくなかった。おれのこの髪は遺伝で、母さんも銀色だ。おれはその色がかっこいいと思ったし、自分の髪だって誇りだった。その髪をみんなにからかわれていると知ったら、母さんも父さんもきっと悲しむ。だから、言わなかった。言えなかった。

「コンプレックスにはならなかったよ。本当に、この髪自慢だからさ、今も。でも、反論できない自分が大嫌いだった。自分の大事なものをけなされて、それを甘受するしかない事実が悔しかった。そんなある日、いじめの現場に遭遇した」

知らない、下級生だった。おれと同じように体が小さくて、か弱そうな男の子。大柄なやつら三人くらいに囲まれていた。助けないと、と反射的に思った。走り出そうとした寸前、待て、とブレーキがかかった。

「おれが行って、助けられるのか?逆にいじめの対象が増えて、あいつらの思う壺じゃないか?って。そう思った自分に気づいた瞬間、絶望したよ。おれって本当に駄目なやつだなあ、って。自分のことばっか。そのあとも結局逃げたし。無力で、最低な、情けない人間だよ、おれは」

中学に上がってからはいじめはなくなったけど、みんなおれを敬遠するようになった。いわゆるシカトというやつで、そういう意味では小学校より辛かった。あのときの経験が心を縛り付けて、身動きが取れずにいた。誰とも関わらずに、息を潜めて生きていた。

そんなとき、たまたま乗り合わせた電車で、おばあさんに席を譲った。「ありがとう」と言われた。そのときに、ひどく泣きたくなった。

「お礼なんて、ほんと、言われたことなくて。なんで生きてんだよって言われたこともあるし、自分でも思ったりしてた。なのに、初めて出会ったひとに、ありがとう、なんてさ。びっくりした。それから、……なんか、うん、……、申し訳なくなった」

そんな大層な人間じゃないのに。あの日、少年を見て見ぬふりしたのはおれなのに。そんなことがぐるぐる頭を回って、情けなかった。

それからは、まるで何かを償うように知らないひとに親切を押し付けた。目に入るところにある不幸は救ってあげようと思った。あの日の後悔を晴らすように、バカみたいに。性根のところはやっぱり情けないから、どこかのヒーローのようにすべてを救うなんてことはできなかったけど、自己満足として、それを続けた。そう、所詮は自己満足なのだ。

高校に上がったいまも、許されたとは思っていない。あの少年はおれのことを知らないだろうけど、おれはきっと一生覚えている。自らの愚かさを自覚した瞬間なのだから。

「男鹿が猫を撫でてるのを見たとき、このひとはおれとは違うって思った。きっとおれみたいに情けなくなんかない、強いひとなんだって。それに近づきたかったんだ。おれの理想そのものだった。ほんとうのおれは、やさしくなんかないし、情けなくてヘタレで、自分に必死な醜いやつなんだよ」

ふ、と影が落ちる。黒手袋を纏った手が髪の毛をぐしゃぐしゃと混ぜていく。されるがままにしていると、途中で手を止めて髪を掻き上げられ、こっちを覗き込んでいた男鹿と目が合う。

「……泣いたかと思った」

「泣かねーよ。もうそんな、泣くとか、そういう時期は過ぎた」

「そういう時期、な」

「同情してくれた?」

「してほしいならしてやる」

ぐちゃぐちゃになった髪を梳かして体を起こす。

「もうさ、そういうのは吹っ切れてるからいいんだよ。情けないけど、過去はどうしようもねーし、なら今から変えてくしかない。それがいくら格好悪くても、おれはおれのために、やるしかねーの」

「それ、俺も付き合ってやる」

「え」

男鹿の顔がすぐそばにある。腕を掴まれ、革の感触が肌に食い込む。

「だからもうひとりで泣くな」

「……いや、泣いてねーし」

「アホ市」

「バカオーガ」

また、思った。死神のくせに。死神のくせに。それから、それから、……それから、

(まだ、帰らなければいいのに)

どこにもいかないで、と、強く。









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